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5月25日
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5月1日
今月のエッセイに、大西可織さんの「俳句と自然体験」を掲載しました。

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2024年5月のエッセイ

俳句と自然体験

大西可織

 「カニおる!」声だけは威勢のいい三歳児の足元では、沢蟹が小さなハサミを振り上げている。苔むした岩には滝の飛沫がかかり、川蜻蛉が止まるシダの新芽が眩しい。三重県大台町のこの美しい里山で「森のようちえん」という活動を15年ほど続けている。幼児を含む家族連れが休日を自然の中で過ごす活動だ。生き物や食べ物探し、羽釜を使って薪でご飯を炊く、秘密基地作りなど色々やってみたいことをするための「場」だ。

 自然の中で子供たちが喜んで繰り返す活動は決まっている。火を扱う、水に入る、生き物や食べ物を探す、モノを作る、散歩や冒険に出かける、そして挑戦する。グレートジャーニーに赴いた人類が生きるために獲得した能力が、今や「遊び」に変化し連綿と続いているとしか思えない。どれだけ文明が進歩しても、人間の本質や本能は容易には変化しないようだ。

 昔の暮らしでは煮炊きに火を使い、川や海に潜って魚を捕り、創意工夫した罠を仕掛けながら野山をくまなく歩き回っていただろう。生きることは今よりずっと辛く、厳しかったろうが、その能力を遺憾なく発揮でき、存外、満足感も成功体験も充実していたのではなかっただろうか。 最近、キャンプブームがあったが、あれも都市に暮らす人々が本能を駆使し、人間らしく生きているという実感を求めてのものだったような気がする。

 自然という如何ともしがたい大いなる存在が世界から消えたわけではない。文明がどんなに進歩しても、自然は人間の中から決して消えたりしない。だが今、都市で生まれ育った子の中には、火を見たことがない、土の道を歩いたことがないという、極端に自然からかけ離れた暮らしをする子らが出現している。

 原体験としての自然体験を共有しない新世代が作る社会はどんな風になるのだろうと心配になる時もある。自然との原体験が減ると社会に大きな変化があるのも今の流れを見ると明らかだ。だけど、人間が自然を敏感に感じ取る本能を消せないこともまた然り。流行り廃りを繰り返しながらも、自然を捉え表現する方法や芸術は常に存在している。

(以上)

◆「俳句と自然体験」:大西可織(おおにし・かおり)◆

  

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2024年

タイトル 作 者
4月 「夏への扉」 新井博子
3月 藍の晩年 若森京子
2月 俳とは文芸のピアニシモ 穂積一平
1月 運に恵まれて 志村宣子

◆2023年

タイトル 作 者
12月 俳句小屋「げんげ」 西谷剛周
11月 晩年を楽しむ 神田和子
10月 兎―季語の背景にあるもの 外山安龍
9月 よろこびの子 太田酔子
8月 詩になる言葉の法則性 斎藤よひら
7月 象の位階(従四位) 内田 茂
6月 あっ、ご近所にコウノトリ 石井清吾
5月 古文書を学んで 片岡宏子
4月 俳句放浪記 中村聰一
3月 平成中村座を追いかけて こにし桃
2月 スマホの世なれど蠅には蠅叩き 塩野正春
1月 ハリコフの日曜日 花谷 清

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