2026年2月のエッセイ
高野山と俳句大会
満田三椒
世界遺産・高野山を散策すると、各所でさまざまな句碑に出会うことができる。
奥の院には、芭蕉や蕪村の句碑をはじめ、現代俳人のものまで数多く立っている。
御廟橋の手前、朱印帖をいただく奥の院御供所の南側には、高浜虚子の句碑が立つ。
「炎天の空美しや高野山」。
句碑の裏には、昭和26年(1951)建立と刻まれている。
〇高野山俳句大会
この年、高野山で第1回高野山俳句大会が開催され、その記念としてこの句碑が建てられたといわれている。
この最初の俳句大会の実現には、高野山普賢院住職で後に高野山真言宗管長となった森白象氏の尽力が大きかったと思われる。
森氏は昭和2年、26歳の時に高野山で開かれた日本文学夏季大学をきっかけに虚子と出会い、その後師事するようになった。やがて『ホトトギス』同人となり、高野山に俳句を広めたのである。
現在も普賢院は「俳句の寺」と評され、境内には芭蕉堂をはじめ、多くの句碑を見ることができる。
寺内には訪れた俳人たちの色紙が飾られ、庭には白象氏の御子息の結婚を祝って詠まれた虚子の句「琴瑟に仏法僧も相和して」の句碑も建つ。
なお、この大会が何回まで続いたのかについては、手許に資料がない。
〇高野山21世紀俳句大賞
一度途絶えていた高野山での俳句大会が再び開催されるようになったのは、21世紀に入ってからである。
2001年、金剛峯寺・高野町・毎日新聞社(俳句α)の主催により「高野山21世紀俳句大賞」が開催された。
大賞には賞金10万円と高野山真言宗管長の御染筆が贈られ、毎日新聞全国版一面に投句募集広告を掲載するなど、大々的な大会であった。
第1回の選者は、金子兜太・有馬朗人・宇多喜代子・山田弘子・大串章・正木ゆう子・富士眞奈美・石寒太(俳句α編集長)の各氏で、全国から2994句の投句が寄せられた。
また「俳句ウォーク&シンポジウム」として、選者とともに高野山を巡る吟行やパネルディスカッションも行われ、第2回では約100名が参加した。
第3回の記念事業として、玉川近くに蕪村の句碑「玉川に高野の花や流れ去る」が建立され、除幕式には宇多喜代子・山陰石楠・黒田杏子・伊丹三樹彦・山内遊糸・豊永みのる・花谷和子・石寒太の各氏が参加したという。
この大会は第6回まで続き、終了した。
その翌年、選者であった黒田杏子が高野山で詠んだ「涅槃図をあふるる月のひかりかな」の句碑が、無量光院の庭に建立されている。
〇高野八葉全国俳句大会
現在行われている高野山で3つ目となる俳句大会「高野八葉全国俳句大会」も、句碑建立をきっかけとして始まった。
2014年6月、鷹羽狩行の句碑「人界へ流れて高野山の星」が、「狩」和歌山県支部の手によって高野山釈迦文院に建立され、それを記念して俳句会が催された。
これが発端となり、平成28年(2016)から一般参加の俳句大会として発展した。
当初は数百句規模の大会であったが、第7回からは金剛峯寺の協賛を得て、優秀作を短冊に揮毫し、金剛峯寺新別殿に1年間掲示する取り組みが始まった。
選者には中原道夫・佐怒賀正美・山田佳乃の各氏を迎え、内容も一層充実した。
回を重ねるごとに投句数や選者も増え、昨年は朝妻力・久保純夫・佐怒賀正美・柴田多鶴子・鈴鹿呂仁・谷口智行・坪内稔典・西宮舞・花谷清・宮谷昌代・森田純一郎・山田佳乃の各氏と和歌山俳句作家協会役員選者が選に当たり、投句数は1178句、7月の大会には86名が参加し「全国大会」に相応しい規模になっている。
第3回からは私も実行委員に加えていただき、現在は第11回高野八葉全国俳句大会に向けた準備を進めているところである。
多くの皆さまのご参加を心よりお待ちしたい。

高野八葉全国俳句大会
(以上)
◆「高野山と俳句大会」:満田三椒(みつだ・さんしょう)◆