関西現代俳句協会

■2022年5月 青年部連載エッセイ

私の極愛句集(1)
たぶん原点
  ―『復刻版 辻桃子句集・桃/ひるがほ/花』辻桃子

松本てふこ


関西現代俳句協会青年部ホームページのエッセイ企画について、久留島元さんから相談を受けていたら話が盛り上がってしまい、気がついたら自分で書く、ということになっていた。

好きなだけではない、憎いのかもしれない、そういう気持ちを抱いている句集。でも自分にとってとても大切な句集。そういう句集はありますか、と聞かれたら私は絶対に師である辻桃子の『復刻版 辻桃子句集・桃/ひるがほ/花』(童子吟社、平成7年)と答える。

辻桃子の第1~第3句集の合本版であるこの本を入手したのは、「童子」に入るか入らないかという頃だったろうか。大学卒業・就職と同時期に「童子」に入会し、毎日緊張しながら仕事をして、俳句を読み書きする時間を捻出しようと必死だった。「童子」に掲載する評論の原稿を朝まで書いて、ほとんど寝ないで会社に行ったこともある。無茶をしては、頑張っている自分に一人で酔っていた。

    虚子の忌の大浴場に泳ぐなり (『桃』)

この句が発表された昭和56年に私は生まれた。人に話したことはあまりないが、そのことがずっと嬉しい。実は俳句を始めた年齢も、第1句集を出した年齢も師と同じ。かなり誇らしい。句集を出した年齢は意識したと思われそうだが、たまたま同じになった。

    寝に帰り茉莉花の鉢倒したる (『桃』)

先程の虚子の忌の句と同じページに載っているこちらの句は、爽波の〈酔ひ戻り夜の鶏頭にぶつつかる〉へのオマージュであろう。虚子の忌の句を爽波が「この句には驚いた。鎌倉から二重丸がついて戻ってくる一句と思う」「いいですね、この虚子忌の捉え方。自由で、奔放で。辻桃子って楽しみだな。きっと伸びますよ」と絶賛し、桃子は俳壇で注目を浴びることとなった。そしてそれ以降、爽波と桃子の交流も始まった。ふたりの縁を感じる。

    爽波先生言ひたい放題露涼し  (『花』)
    先生は誤解恐れず菱紅葉    (『花』)

また最近、飯田龍太や森澄雄の俳句総合誌での座談会をよく読んでいたので、

    桃咲くや境川村雲の中      (『ひるがほ』)
    ビール飲み呵呵と笑へり森澄雄  (『花』)

といった句を目にすると、私が俳句を始めた頃は既に第一線から退いていた彼らをより身近に感じられる。

    毛皮着し中のからだをさびしめり  (『桃』)
    茶の咲いて父やすやすと呆けにけり (『桃』)
    経木出て牛舌心臓肝臓(タンハツレバー)薬喰     (『花』)

入手当時は注目していなかったこれらの句を今読み返すと、自分の句に似た切り口を感じ、無意識のうちに影響を受けるとはこういうことなのか、としみじみ思う。

    革命はなし赤蕪の種子を買ふ    (『桃』)

こういった句からは桃子が当時所属していた「鷹」のカラーを強く感じる。

    逢うてなほさみしかりしよ鰻飯   (『ひるがほ』)
    抱くごとく毛皮コートを脱がせやる (『ひるがほ』『花』)
    泣いて泣いて鼻紙の山穂わた飛ぶ  (『花』)

これらの句に残る感情の迸りに、20代の私は「俳句でこんなことが言えるなんて!」と自由さを感じて目を輝かせていた気がするのだが、不惑を迎えた私はだいぶ照れてしまう。『桃』から『花』の頃の桃子はこのような、感情の起伏をドラマチックに描いた句も詠んでいた。その後、第4句集『童子』で諧謔という武器をものにして、続く『ねむ』や『ゑのころ』でその武器を携えつつ写生への傾倒を強めていく。新天地・津軽での生活を描いた『雪童子』(花神社、平成13年)では、かつて彼女の句を彩っていた諧謔や機知が鳴りを潜め、多作がもたらすスピード感と透明感が大きな特色となっていた。1句1句が高いテンションを維持し、高揚感が言葉の昂りではなく眼差しの集中力として表出していた。

辻桃子はその句業の中で大いに変わっていった書き手だ。師系にとらわれず謂れのない誹りにも怯まず、自分を信じて突き進んだ故の変化は詳細に論じられるべきなのだが、論じられる気配は皆無だ。人任せにしていても仕方がないし弟子が書かないでどうするという話でもあるので、遅くとも40代のうちに何か書き始めなければいけない、とは思っている。私も『復刻版 辻桃子句集・桃/ひるがほ/花』を無邪気に読んでいた頃には戻りようがないし、戻りたいわけでもない。ちょっと斜に構えて読んでも、大真面目に俳句史の中の位置付けを考えながら読んでも楽しい句集なのである。とにかく、この句集は私にとってあの頃よりもずっと大切な1冊なのだ。

最後に、今までもこれからもずっと大好きであろう句を何句か抽く。

    胴体にはめて浮輪を買つてくる  (『桃』)
    もつと大き波を待ちをる端午かな (『ひるがほ』)
    小鳥くる会ひたき人に会ふべかり (『ひるがほ』)

 

私の極愛句集(1)たぶん原点

松本てふこ
昭和56年生まれ。「童子」同人。第1句集『汗の果実』(邑書林)発売中。

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