関西現代俳句協会

■2021年8月 青年部連載エッセイ

隣の(詩歌句)(3)

川柳はなぜ奇行に及ぶのか

暮田真名


 昨年から今年にかけて『金曜日の川柳』や『はじめまして現代川柳』といったアンソロジーや川柳句集が立て続けに刊行され、いわゆる「現代川柳」が人の目に触れる機会が増えた。
 これらの本を開いた者は誰でも、川柳がさまざまな奇行に及ばんとする様を目撃することになるはずだ。
 まずは2021年の上半期に川柳句集とは思えない質量をともなってやってきた川合大祐句集『リバー・ワールド』と、内容の危険さを蔽いかくすかのように爽やかなカバーの湊圭伍句集『そら耳のつづきを』を開いてみよう。

    被告席まずはバターを塗ってから  川合大祐
    クリスマスツリーに歯形をつけてあげましょう 湊 圭伍

 被告席をバターでべたべたにしようとしているし、綺麗なまま飾っておきたいはずのクリスマスツリーに歯形をつけ、その上なぜか得意げである。まずはまったく「迷惑」であるという他ない。これらの行為に至る動機は何なのか、何を目的としているのかが全く読めないために「危険」な印象すら与えるかもしれない。
 奇行の被害にあう物体が一方は裁判、一方はキリスト教の象徴物であることに注意を向ければ、二つの句がもつ不可解さに少しは迫ることができるだろう。二者の振る舞いがなんらかの異議申し立てであるとして、一人で椅子に乳製品を塗りたくったり、季節のオブジェに噛みついたりする何者かの存在は司法や宗教という巨大な制度のなかではあまりにも非力である。まるで「歯が立たない」相手に対して、無謀な戦いを挑んでいるのだ。
次の句もこれら二句の延長にある。

    マペットでタワーマンションを虐め  湊 圭伍

 腕にはめる動物かなにかを模した人形に攻撃されても、おそらくタワーマンションの住民は痛くも痒くもない。ただ、腕に人形をはめた何者かが自宅周辺をうろついているという状況は十分に迷惑だし、危険を覚えることもあるだろう。
 こうした川柳のもつ「危険」さを、しかし「暴力的」であると形容することには慎重でありたい。同句集から、直接的に「暴力」を描いた二句を引用する。

    草なぎクンに隠し包丁を入れる   湊 圭伍
    ニュースでも養蚕業者妻を撃つ   川合大祐

 素直によめば、包丁をつかってSMAPの草彅くんの肌に切れ目を入れているはずなのに、この草彅くんからは血が流れたり傷ついたりしている様子が感じられない。草彅くんに比べれば、撃たれた妻は負傷したり死亡したりしている可能性が高そうだ。
 時実新子の有名句「妻をころしてゆらりゆらりと訪ね来よ」における「妻をころして」と「隠し包丁」では事態が異なるのは明らかだろう。川柳が暴力性(とは、川合句においては「鉛筆が長くて死んでしまいたい」と地続きの「人恋しさ」のことだ)を帯びるのは対象が身近な他者であるときであり、「国民的」なアイドルにまで及ぶことはない。ここからいえるのは、川柳はあまり大きな力を持たせてはくれないということだ。
 しかし、そのことに悲観的になる必要はない。上司や配偶者の欠点を五七五に乗せることが実際には「ガス抜き」として作用し、勤労や家庭生活の維持を助けているように、無謀ではない戦いは結果的に相手に資する危険性をはらんでいる。一方、バターを塗る、歯形をつけるといった抵抗には一切の手ごたえがない(歯ごたえはあるかもしれないが)。だから、怒りを維持したままでいられる。「溜飲を下げる」といった心性から無縁であるという一点において、これらの奇行は美しい。
 いま、われわれは手を伸ばせば「刺せてしまう」身近な他者に対していかに無謀な戦いを挑むことができるのか、いかに「ただ迷惑」であることができるのかという問いに直面している。その答えを川柳の蓄積に求める前に、「迷惑」をかけられたものや人がやられっぱなしかといえばそうではないことを確認しておこう。

    エレベーター上昇われらを零しつつ 湊 圭伍
    革命後森進一がふざけすぎ     川合大祐

 エレベーターは乗客を目的地まで安全に運ぶ機械であることをやめ、乗客を振り落としはじめる。川柳において、道具はもはや人間に使われるためのものではない。道具のうちに「言葉」も含まれることは言を俟たない。
 また、ふざけすぎている森進一を想像して笑顔にならないことは難しい。明らかに迷惑させられそうだ。ここに迷惑をかける、かけられるユートピアの完成がある。
 最後に、もっとも身近な他者の集合体である「家族」を扱った川柳を挙げてこの文章を終えることにする。川柳は「家族とは不断の闘争状態の場である」と暴くことにこだわってきたように見える。そして、これらの句においては無謀な戦いを挑むことにも成功しているのだ。

    母さまのお口に詰める泡立草  なかはられいこ
    父を食べ尽くして軽く口を拭く   広瀬ちえみ
    ぎっしりと綿詰めておく姉の部屋  石部 明
    おかずに囲まれて窮屈な家族    倉本朝世
    姉さんはいま蘭鋳を揚げてます   石田柊馬

◆隣の◇(詩歌句)(3)川柳はなぜ奇行に及ぶのか◆

暮田真名(くれだ・まな)
1997年生。川柳作家。
「当たり」同人、「川柳スパイラル」会員。
2019年第一句集『補遺』(私家版)。『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房)に76句掲載。
2021年第二句集『ぺら』(私家版)の完成にともない8月21日(土)~22日(日)「家具でも分かる暮田真名展」を東京・中野"meee" Gallery
Tokyoにて開催予定。『ぺら』の展示・販売を行います。
Twitter @kuredamana

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