隣の◇(詩歌句)(1)
俳諧はどこにあるか
(現代連句の実作と呼吸)
高松 霞
連句という存在を知ってはいても、やったことがない、という方は多いのではないでしょうか。連句人口減少の原因はそのルールの多さとも言われますが、ルールはどの文化にもあるもので、さして理由になりません。一番の原因は、座を経験したことのない人にとって、その時々でどのような句を付ければよいのかが不透明なことです。そこで今回は、連句の「付け方」を三つの実例と共にご紹介したいと思います。
まずは、胡蝶『ダンスだダンスだ』進藤土竜捌きです。発句から第三まで引用します。
青空を吸ひ込めば我五月たり 進藤土竜
とうすみ蜻蛉唐草に舞ひ 村松定史
戛々と石畳打ち誰が来て 井上成美
この一巻は、四句目に特徴があります。次に例題を上げます。みなさんが捌きなら、どの句を四句目に採るでしょうか。
<さつと抜けたる山よりの風>素朴な風景句で、サラッと流しています。
<向き合つてゐる猫とロボット>人工物に飛んでいます。
<お菓子の森へ続く坂道>現実から空想の世界に飛んでいます。
<男がうづくまる宵の果て>具体的な人間を出しています。
この時の捌き、進藤土竜が選んだのは<お菓子の森へ続く坂道 高松霞>でした。さきほどの例題のどれを取っても間違いではないし、様々な転じ方、展開があったはずなんです。連句には、いくつか手筋があって、枝分かれの構造が取れます。この一巻の場合、内容がかわいらしい句を選ぶことで、俳諧のスイッチを入れるという決定を行っています。
次は、半歌仙『花! 水音!』山地春眠子捌きです。一番の盛り上がりはタイトルになっている裏の十一句目、花の座です。
花! 水音! ずーつと耳鳴り 執筆
作者は執筆となっています。この場合の執筆とはなにか、留書に説明がありましたので引用します。
<(前略)連句の用語としては、「しゅひつ」と読む(「しっぴつ」ではない)。元々は俳諧で文台を前に坐り、宗匠の命を受け、付句を懐紙に書き留める役を言った。(中略)今では、出した句が捌きに直されたとき、その直し方によっては(元の句の一番のポイントが無くなったと思うような時)、作者が(もう自分の句ではないから)自分の名前を出さないでほしいと希望する時がある。そういうときに、作者名として「執筆」を用いることがある。いわば「詠み人知らず」とするわけだ。(後略)(「執筆のこと」山地春眠子)>
捌きの山地春眠子の捌き方、直し方は私も存じ上げているのですが、春眠子さんは、元の句の一番のポイントを残して手直しするという方なんですね。つまり、<花! 水音! ずーつと耳鳴り>は、捌きの独断ではなく、他の連衆とアイデアを出し合って直した可能性が高いです。留書の最後にこうあります。<この巻では「よろよろと」からの三句の渡りを考えて、捌きとしてはあえて破調を選んだものだ>。他にも候補があったということです。
よろよろと岐阜提灯につきあたり 井上成美
錆びついていて開かぬ鍵穴 大橋俊彦
花! 水音! ずーつと耳鳴り 執筆
鏡の奥にかひやぐら見る 清水風子
花があって、水辺があって、耳鳴りがしている。この情報を持って、みなさんならどのような句をつくり、直すでしょうか。また例題を出してみます。
よろよろと岐阜提灯につきあたり
錆びついていて開かぬ鍵穴
花盛り水音の遠く近くなり
花筏水面の端の青さにも
花冷えの両耳を手で包みたる
花吹雪ザザザザザザザザ水音
花! 水音! ずーつと耳鳴り
鏡の奥にかひやぐら見る
例えばこの中から、破調の句を出す、採る、という勇気がみなさんにありますでしょうか。連句はもちろん捌きの手腕も必要ですが、この句のように連衆全員で様々なパターンを出し「正解」を探すという場面も出てきます。
最後です。ソネット俳諧『ふらりと神様』山地春眠子捌きです。この一巻は春眠子式のソネット俳諧で、序盤と中盤が自由律になります。発句を引用します。
梅×(白+紅+老+盆) 進藤土竜
(うめかけるかつこはくたすこうたすろうたすぼんかつことぢる)
説明はいらないと思います。発句で「この巻は他と違いますよ」とアピールしている。この席には私も加わっていたのですが、捌きは「もっと自由に書いてくれ」としきりにおっしゃって、少しでも定型の雰囲気がする句はどんどんボツにされました。
連句を進めていく上で大切なことは、連衆が複数のパターンの句を連想することです。ひとりがパターンAを、もうひとりがパターンBを作り出す。前句をより面白くするために、座をより盛り上げるために、どのような句が必要なのかを考えられる力が必要なのです。
そして、連句の最も重要なルールは「打越をしない」ことです。AからBを作り、BからAを作るとき、Aを連想させてはならないというルールです。連句に山ほどあるルールは、この「打越」を避けるために存在しています。例えばAで「女性」というフレーズが出た場合、Cでは一般的に女性を連想させる「口紅」「髪」「スカート」などがNGになります。この「打越をしない」というルールも、より新しいパターンを作り出すための装置です。
全国の連句作品は「連句新聞」から読むことができます。現代の連句作品は、主に連句界の中だけで流通してきました。そこで、高松霞と門野優が「連句に興味のある人なら誰でもアクセスできる場所を」とつくった連句総合サイトです。2021年春にスタートしました。連句内外の連句人によるコラムと、四季に合わせた全国10結社による作品、新形式を紹介するコーナーなどコンテンツ盛りだくさんです。ぜひご覧ください。
私は、連句は「やったことがない人は読みにくいけれど、一度でもやったら全部読める」と思っています。存在は知っていたけれどやったことがない方に、連句をやってみたいと感じていただければうれしいです。