関西現代俳句協会

■2021年7月 青年部連載エッセイ

生き物の生態と季語(3)
  蛇

福田将矢


 「ザザーーッ」「ガサッ」「ザッ・・ザッ・・」 フィールドワーク、特に野外で爬虫類や両棲類を調査する際には音が肝心である。田んぼの畦や草むらで生き物を探していると、このような生き物が動く音に敏感になる。
 例えば、カエルはモサモサとジャンプをするので「ザッ・・ザッ・・」といった音になりがちであるし、トカゲは一瞬動いて立ち止まる、という動きから「ガサッ」と短めの音になる。一方で、ヘビは長い体をくねらせて逃げるため、「ザザーーッ」と少し長めの音になる。

 この音が聞こえるや否や、僕らフィールドワーカーと呼ばれる人たちは音の方めがけて手を伸ばす。

    一本の山楝蛇をりいま掴む     福田将矢
    蛇逃げて我を見し眼の草に残る   高浜虚子

 歳時記をめくってみると、爬虫類や両棲類に関する季語が多いことがわかる。その中でも特に季語の種類が多いものがヘビである。 春の季語として「蛇穴を出づ」、夏の季語として「蛇」「蛇衣を脱ぐ」、秋の季語として「穴惑」、冬の季語として「冬眠」といったように、ヘビは四季のどれをとっても季語が存在する。
 もっとも、様々な日本神話にヘビが登場していることや、岩国の白蛇をはじめとした蛇信仰も存在することから、日本人にとってヘビとは馴染み深いと同時にある種畏敬の存在でもあったのだろう。

    美しき神蛇見えたり草の花     杉田久女
    神木のうちの一木蛇が棲む     中村耕人

 それにしてもヘビという生き物は、地球上で最も繁栄した生物の一つと言っても過言ではないだろう。無駄な手足を削ぎ落とした結果、陸上はもちろん、樹上、地中、水中、はたまた海中・・といった様々な場所への進出を果たした。
 一般に、手足がないと餌を飲み込む際に様々な障害が発生するのだが、毒の利用や締め付けるための筋肉などでその不自由さをカバーしている。 また、変温動物という特性上、哺乳類のように体温を常にキープするといった無駄なエネルギーの消費を減らした結果、餌をしばらく食べなくても平気という究極の省エネ性。果てには目を見張るほどの美しい体色模様・・・。

 このように、ヘビは非常に魅力的な生き物であるのだが、非常に悲しいことに彼らは多くの人にとって嫌悪の対象であるらしい。
 実は、人間のヘビ嫌いには一応根拠がある。ヒトに近い霊長類の仲間でもヘビの写真やおもちゃに拒否反応を示すことから、ヘビに対する嫌悪感は、サルがヒトに進化するずっと前の祖先から引き継がれてきたものだと推測されている、とのことである。

 そんな嫌われ者のヘビであるが、日本全体(南西諸島や離島を含める)には亜種を含め46種も生息している。このうち、有毒種は亜種含め18種である。関西地方には8種のヘビが生息しており、このうち有毒種はニホンマムシとヤマカガシの2種が知られている。

    山楝蛇端午の色として現れし    石田勝彦
    草を踏んでまむし恐るゝ単物    正岡子規

 近頃はヘビ、といっても日常生活ではほとんど見かけることがなくなってしまった。最近の小学生に聞くと、野外では一度もヘビに出会ったことがない、という話もよく耳にする。

 そもそもヘビはどのような場所に生息しているのだろうか。関西に生息するヘビのうち、最もよく見かけるものはシマヘビとアオダイショウの2種であろう。この2種はネズミといった哺乳類や鳥類などを捕食するため、野外でもよく出会う。田んぼ近辺に行けば、カエルやドジョウを餌とするヤマカガシ、シマヘビ、ヒバカリ、ニホンマムシなどと出会うことができる。

    この家守る青大将にまだ会はず   高野素十

 他の3種に関しては上で挙げた5種に比べると比較的見つけにくいが、シロマダラやジムグリについては林の近く、タカチホへビに関しては湿度の高い場所などで出会うことができる。

 関西の大抵の地域で8種全てに出会うことが可能であるが、京都府のレッドデータブック(2015年版)を参照するとシマヘビとヤマカガシ以外の6種が要注目種として、ヤマカガシが準絶滅危惧種として掲載されていることから、ヘビ全般において個体数は減少傾向にあることが考えられる。生息地である水田地帯の環境変化が最大の問題であろう。

 私はヤマカガシを研究対象としているため、彼らを探すためによく水田に行く。ヤマカガシはカエルを専食としているため、カエルのよく生息する田んぼ近くによく出現するのである。
 彼らは昼行性であるのだが、昼行性のヘビを探すためには留意すべき点がある。
 一つは季節と温度である。ヘビをはじめとした爬虫類は変温動物であり、私たち哺乳類や鳥類のように常に高い体温を維持する機能を持っていない。このため彼らは、気温が低い季節には代謝を下げ飲まず食わずの状態になり、逆に気温の高い季節に野外に出て活動を行うという戦略をとっている。

 なお、変温動物であるからといって、気温が高ければ高いほどいいのかというとそうではない。あまりに暑すぎるとヘビは木陰や石垣などに入り涼をとってしまう。個人の見解であるが、野外でヘビとよく出会えるのは5~6月や9~10月といった”暑すぎない”時期が多い印象である。

    くちなはも涼しき夜道好むらし  相生垣瓜人

 それでは、「蛇穴を出づ」時期はいつ頃であろうか? ヘビの活動を調べた研究によると、3月中旬~4月上旬とのことである。(ちなみに僕が初ヘビを観測したのは4月9日であった)。
 ちなみに地中の虫などが出てくるといわれている二十四節気の一つ「啓蟄」は大体3月5日ごろである。(そういえば、この虫の中に“ながむし”も含まれているのではないか、と俳句仲間と談笑したことがあった。) 実際、この頃には昼間の気温も十分暖かくなっているので、地域や天気の状態によってはこの頃からヘビも野外に出ているのかもしれないが、少なくとも僕は見たことがない。

    蛙なくやそろそろ蛇の穴を出る   正岡子規

 歳時記では「穴惑」を秋の彼岸を過ぎた後にも冬眠せずうろついている蛇、として説明しているが、実際には秋の彼岸(9月下旬)をすぎても、例えば関西などでは昼間の気温は25度を超えることが多いので、この時期に冬眠に入るヘビは少数ではないかと思う(北の方だとより気温が低いので、この時期に冬眠に入るものもいるかもしれないが)。
 「蛇穴に入る」時期は、ヘビの種類によって異なるものの、10月下旬から11月上旬あたりの印象である。なお、遅いものだと11月中下旬に野外で見かけた、という観察例がある。

    穴惑ひ縞美しと嘆く間に      山口誓子

 「冬眠」について、歳時記によると、ヘビは一つの穴に数匹から数十匹集まって冬を越す、との説明があるが、少なくとも本州のヘビではそういった話は聞いたことがない。(例外としてマムシが数匹集まった「マムシ団子」を見た、という話は聞いたことがあるが、きちんとした確証は取れていない。)
 この件に関しては、北米などに生息するガーターヘビの仲間が数千匹の「ヘビ団子」を作って冬眠することが知られているので、このイメージが先行してしまっているのではないかと考えている(あくまで私見である!)。
 ただ、日本のヘビ類では冬眠を含め、野外での生態研究がそこまで進んでいるわけではないため、実際どのように冬眠しているかに関してはよくわからないというのが現状である。

    それどころではないんだよ冬の蛇  福田将矢

 余談となってしまうが、私が研究しているヤマカガシというヘビの面白い生態についても少しご紹介したいと思う。

 ヤマカガシは北海道と沖縄諸島を除く日本広域に生息するヘビであるが、このヘビとその仲間(同じ属の種)は、世界の他の動物でも類を見ない面白い形質を持っている。なんと2種類の別々の毒を持ち、それらを使い分けているのだ。
 とその前に、「毒」について少々説明しておきたい。日本語では一語しかない「毒」であるが、英語では3種類の使い分けがされている:Toxin, Poison, Venomである。
 この3つの使い分けとは、「Toxin:毒そのもの(毒素)」「Poison:主に防御に使われる毒」「Venom:主に攻撃に使われる毒」である。(なお、これらの説明はわかりやすく簡略化しており、正確な定義ではないことをご了承願いたい。)
 この説明に則ると、ヤマカガシはPoisonとVenomの両方を使い分けている、ということになる。

 Venomの方の毒は、自分で作ることができ、主にタンパク質やペプチドから構成される。この毒は、唾液腺が進化したデュベルノイ腺という場所で生成され、後牙(こうが)と呼ばれる毒牙から獲物に注入される。この毒は主に、飲み込むのに苦労する大きな餌を弱らせるために使用していると考えられている。
 この毒は人間にとっても有害で、1978年以降、このヘビの咬傷事故により少なくとも4人の方が亡くなっている。ヤマカガシが人にとっての“毒蛇”とされる所以である。

 Poisonの方の毒は、ヤマカガシ自身は生成しない(できない)。それではどこから毒が発生するのかというと、なんと餌であるヒキガエルから摂取することが知られている。
 ヒキガエルはブファジェノライドという強心性ステロイド系の毒を生成する。この毒は人間を含む多くの脊椎生物にとって有害であるため、カエル食のヘビ類でもヒキガエルは避けることが多い。
 しかし、非常に興味深いことに、ヤマカガシはこの毒に耐性を持つだけでなく、ヒキガエルを食べてこの毒を“横取り”し、自らの防御用の毒として再利用する、ということが研究により明らかになっている。
 ヤマカガシはこの毒を、頭の後ろ、背中側に存在する頸腺(けいせん)という特別な器官に溜め込む。頸腺に溜め込まれた毒は、鳥などの外敵に突かれた際に噴出するといった防御用の役割を持つことが推測されている。

 実はこのヘビについては体色模様のバリエーション、毒源とする餌の変化などまだまだ面白いお話がたくさんあるのだが、文字数の都合上泣く泣く割愛させていただく。

 ここまでヘビについて紹介してきたが、特に都市部では滅多に見られなくなっていることから、その地域に普遍的に生息している種であっても見つかると大騒ぎになりがちな印象である・・。ヘビ類の中でも、特に本州に生息する種に関しては人間に危害を加えないものがほとんどである。咬傷事故の多いニホンマムシに関しても、そのほとんどが間違えて踏みつけた際などに発生しているとのことである。 
 数年前に伊丹市で小学生がヤマカガシに噛まれ、全国ニュースになったことがあったが、その後しばらく各地でヘビを見かけたら殺処分するといった悲しい事件が発生したと聞く。ヘビは非常に臆病で合理的な生き物である。人間が踏んだり振り回したりと危害を加えない限り、ヘビの方から攻撃をしかけてくることはない。こちらの足音を聞くと逃げていく場合がほとんどである。見かけてもそっとしておいてほしい。

    蛇穴を出て人間を恐れけり 正岡子規

生き物の生態と季語(3)蛇
 福田将矢(ふくだ・まさや)
 「氷室」同人・京都大学大学院理学研究科在籍

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