関西現代俳句協会

■2021年5月 青年部連載エッセイ

生き物の生態と季語(2)
  蛍

福田将矢


 ホタルは日本人に最も愛されている昆虫と言っても過言ではないだろう。この小さな光る昆虫は1000年以上に渡り、美術や詩歌、童歌の題材となるなど、日本人の文化と寄り添ってきた。言うまでもなく「蛍」は俳句の題材としても多くの句に詠み込まれており、初夏を代表する季語としての役割を果たしている。

    じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子
    蛍を入れたる籠の軽さかな      伊藤卓也

 ホタルが好き、という人でも私たちの身の回り(本州)には18種のホタル(ホタル科)が生息している、と聞くときっと驚かれることだろう(なお沖縄島、西表島といった南西諸島を含めると、全部で50種にものぼる!)。日本の約65倍の面積がある北米大陸に生息するホタルが120種ほどであることを考えると、小さな島国にこんなにも多くの種類のホタルが生息しているのかと驚いてしまう。しかし、日本で一般に認知されているホタルといえばゲンジボタルやヘイケボタルなどのみであり、それ以外のホタルはあまり注目されることがない(最近ではヒメボタルなども有名になりつつあるようである)。

 ゲンジボタルやヘイケボタルなどは、幼虫時代は水中でカワニナなどを食べて暮らし、成虫になってから小川沿いなどに生息する。このことから、日本で一般的にホタルというと川にいるものというイメージを持つことが多い。俳句でも季語「蛍」と水辺の情景を合わせたものが多くみられる。

    かたまるや散るや蛍の川の上   夏目漱石
    川ばかり闇はながれて蛍かな   加賀千代女

 だが、実は世界から見ると水生のホタルというのは非常に珍しい。現在、世界でホタルの仲間(ホタル科)は2000種以上が確認されているが、そのほぼ全ての種が生涯を通して水辺とは関係のない生活をする陸生のホタルである。ゲンジボタルやヘイケボタルのように幼虫が水中で生活するホタルはたったの10種ほどであり、そのほとんどが日本や中国、東南アジアといった湿潤な環境に生息している。私たちが当たり前のように慣れ親しんでいる「ホタル」も、世界から見ると非常に珍しい存在なのである。 ゲンジボタルやヘイケボタルなどといった著名なホタルについてはたくさんの話題が提供されていると思うので、ここでは少しマイナーな(そして私が一番大好きな)陸生のホタル、「マドボタル」について触れてみたいと思う。

 私がマドボタルと衝撃的な出会いを果たしたのは修士1回生の頃である。爬虫類に興味を持っていた私は、沖縄県の祖母宅の近くにある公園で、夜に懐中電灯片手にヤモリやカエルなどを探していた。沖縄の夜は様々な場所から生き物の息吹が聞こえ、非常にわくわくする。一通り探し終えたのち近くのベンチに座り、懐中電灯を消して一息ついていると、少し遠くの草むらに微かな光が見える。季節は夏もとうに終わり、秋に入ろうとしていた。こんな時期にホタル?と思い近づいてみると、全長80mmほどの非常に奇妙な生き物がカタツムリの殻に頭を突っ込んでいる。かくかくとしたフォルムに黒を基調としたボディ、体節事の端に白い斑紋がある種の毒々しさを演出している。後ろ2対の控えめな発光器もさる事ながら、何よりも手のひらサイズはあろうかというその大きさ!特撮怪獣が好きであった人であれば一瞬で引き込まれるであろうそのフォルムに一目惚れしてしまった。後から調べたところ、このホタル幼虫は日本最大サイズのホタル、「オオシママドボタル」であることが判明したのだが、日本にもこんな生き物がいるのか、と非常に驚く出会いであった。

 このホタルが私を惹きつけた理由はそのフォルムだけでなく、生態的な面白さにもあった。冒頭でも触れた通り、我々の一般的な「ホタル」のイメージ(=幼虫時代は水中で生活する)と異なり、マドボタルは幼虫時代から陸上に生息する種であり、幼虫時代はカタツムリなどの陸生貝類を捕食する。ホタル幼虫はとても“大食い”である。カタツムリを発見すると、すぐさま殻から頭を突っ込み、痺れ毒および消化酵素を注入する。しばらくするとカタツムリの体は溶け、栄養満点のスープになる。その後、マドボタルは殻に頭を突っ込み、このスープをごくごくと飲み干していくというわけだ。彼らは時折、自分よりもひと回りふた回りも大きなカタツムリを標的にすることもある。基本的に餌が目の前にあると休むことなく食べ続けるという習性のせいか、食べすぎてお腹が大きくなった結果、地面に足がつかなくなりあたふたすることもあるようだ。食べすぎて動けなくなっているという表現は漫画ではよく見かけるが、実物で見ると非常に愛らしい。

 オオシママドボタルと偶然の出会いを果たしたことですっかりマドボタル(特に幼虫)の虜になってしまった私は、沖縄のみならず色々な場所でマドボタル幼虫を探すようになった。彼らの探し方は至ってシンプルで、夜にライトを消して、ゆっくりと地面を見つめながら歩いていくだけである。意外に知られていないことであるが、ほとんどのホタルは幼虫の頃にも光る。例えば、マドボタルの幼虫であれば尻の部分に2箇所の発光器がついており、一定の間隔をあけて数秒間、淡く光るのが確認できる。経験上、小川から少し離れた林床部や苔の上、葉っぱの上などで何かが淡く光を出しているのが見られたら大抵はマドボタルの幼虫だ。なお、初めて探そうとする際には月の光や電灯の反射、さらには何も光ってない場所が光っているように錯覚してしまい、なかなかハードルが高く感じられるが、一度ホタルの光を特定してしまいさえすれば、そのあとは面白いぐらいスムーズに見つけられるようになる。

     蛍火のほかはへびの目ねずみの目  三橋敏雄

 この生物発光(季語でいう「蛍火」)に関してはホタル科の昆虫の持つ大きな特徴の一つであるが、そもそもホタルは何のために光るのであろうか。ホタル成虫ではこの問いに対する答えの一つとして、「コミュニケーションツールとしての利用」が挙げられる。これは例えば発光パターンの違いによって同種かどうかを判別したり、発光の明るさによって求愛してくる相手の健康状態を把握したりなど、繁殖相手の選抜の際に利用されることが多いようだ。

     蛍火や女の道をふみはづし    鈴木真砂女

 一方で、ホタル幼虫が何のために発光するか、ということに関しては実は詳しくはわかっていない。現在支持されている一つの仮説としては、捕食者に対する“警告”の意味があるのではないかというものである。野外で見られる有毒生物の中には、ヤドクガエルやアカハライモリなど、黄色や赤など派手な体色を持つものが知られている。これらは「警告色」と呼ばれ、外敵に「自分は毒を持っている」とアピールするためのものである。ホタル幼虫も、一部はヒキガエル類と同様の毒を持っているものがおり、そうでなくても非常に「まずい餌」として有名である。有毒生物の示す警告色のようにホタル幼虫の発光についても“発光する生き物=まずい”ということをアピールする「警告光」として機能することが捕食者を用いた実験により示唆されている。発光一つにとっても成長段階で異なる使われ方をしている可能性があるというのは非常に興味深い。

     噛めば苦そうな不味そうな蛍かな  辻貨物船

 ここまで簡単に陸生ホタル、特にマドボタルの魅力についてご紹介してきたが、彼らの仲間であるオオマドボタルやクロマドボタルなどは、実は関西においても草地や林床部で普通に見られる種である。しかし悲しいかな、ゲンジボタルなどの人気に埋もれ、非常に影が薄い存在でもある。この小さな光る生き物たちにはまだまだ未解明の謎がたくさん詰まっている。気になった方はぜひ夜の林に足を運んでみて欲しい。

生き物の生態と季語(2)蛍
 福田将矢(ふくだ・まさや)
 「氷室」同人・京都大学大学院理学研究科在籍

▲関西現代俳句協会青年部過去掲載ページへ

▲関西現代俳句協会青年部トップページへ