葉ねめがね(4)
遅い言葉
池上規公子
葉ね文庫に一日いると、彩りの人、と出会うことがあります。
日常に彩りを与えてくれる人、というような意味合いですが、ごくごく個人的な測りによるものです。
普通に会社員をやっていた頃は、半年に1人出会うかどうか・・・という頻度でした。私が知ろうとしなかった、関わろうとしなかった、というだけで、実際にはもっといたのかもしれない。
そんな彩りの人のひとりが、詩人の西尾勝彦さん。のほほん、を推奨してくれる人。
ときどき葉ね文庫に来てくれて、小さな声で会話をして、帰られる。
後からじんわりと西尾さんとの会話を思いだすと、なぁんかいい気分になる。
私は自分について深く考える習慣がないのですが、急に過去の自分について気になりはじめて、西尾さんに「そういえば机で勉強したことがない、書いて勉強したらもっと成績は良かったのかも。」などと言いだしたことがあります。
それに対して、過剰なことはなにも言わないのが西尾さん。少しだけ目を大きくした後に、いつもの調子で言葉が返ってくる。なのに私はその言葉を覚えていて、ここには書かないでおこうと思うくらいに大切にしてしまうのです。
西尾勝彦『朝のはじまり』(BOOKLORE)
すると
その人の心に
詩の言葉は
ぽたりぽたりと落ちてゆく
ゆっくり
じっくりと伝わってゆく
何よりも遅い言葉
どこまでも届く言葉
それが詩の言葉だと思う
/「遅い言葉」より引用
西尾さんが好きだと言った本のひとつが西脇順三郎『旅人かへらず』。リトマス試験紙みたいに、読んだときの自分の状態を知ることができる特別な本なのだそう。さっそく探し出して読んでみたところ、和の雰囲気をもつ艶やかな詩集だという印象。なぜこれがリトマス試験紙に選ばれたのかは興味深く、ゆっくりと読んでみると分かるのかもしれないけれど、分からないほうがいいな、というきもちもある。
西尾さんが葉ね文庫のことを「ここは、本のお店というより、たくさんのふしぎな人が集まる場所です。」と書いてらっしゃいました。
私もそう思います。
ずっと退屈することはないでしょう。
遅さの価値を知る人たちに出会いました
一日いちにちが違うことを知りました
ゆっくり生きていくようになりました
鹿の言葉が分かるようになりました
雨音が優しいことを知りました
損得では動かなくなりました
わたしはわたしになりました
/『言の森』「そぼく」より