葉ねめがね(2)
財布がしんどい
池上規公子
ここだけの話ですが、最近の葉ね文庫では、句集がわりと売れています。
小津夜景『フラワーズ・カンフー』、田島健一『ただならぬぽ』、中村安伸『虎の夜食』が次々と発売されて、お客さんから「財布がしんどいです~」と言われるほど。
そして瀕死の財布にとどめを刺すかのように、関悦史『花咲く機械状独身者たちの活造り』ですよ。
今回、おもしろい現象だと思ったのは、短歌や詩をやっている方も買いに来られるというところ。いや、むしろそちら方面の方が多かった。
実は私も、あの人が好きそうだなぁ、この人も好きそうだなぁ、と顔が浮かんだのは他方面の作り手ばかりでした。
このあたり、俳句な皆さまは予想されていたことなのでしょうか。
俳句読者の裾野を広げる句集たちであると。
さて、そんな句集の盛り上がりと、もうひとつ、どえらい盛り上がっている歌集があります。
普段は鳴らない葉ね文庫の携帯電話に、不在着信がたびたび。
山尾悠子歌集『角砂糖の日 新装版』(LIBRAIRIE6)
「作風から察するに、あなたは詩を書くひとなのでしょう。
詩集を出しませんか」「いえ、それよりいっそ歌集を」
(「角砂糖の日・新版後記」より引用)
山尾悠子さん、ご存知でしょうか。歌人ではなく、幻想小説の作家さんです。
20年もの休筆期間があり、作品数はけっして多くないのですが、熱心なファンは私のまわりにもたくさんいます。
ふらっと入ってきたお客さんが「好きな作家は山尾悠子」と言ったら「うちの店とてもあうと思います」と返します。
私もその文章に魅了されたひとり。幻想の世界が、言葉の連なりで緻密に組み立てられていく、まるでそこにあるかのように。その世界にゆっくり時間をかけて浸る体験は、これぞ文学の愉しみじゃ~!としみじみ贅沢に思ったものです。
『角砂糖の日』は、1982年深夜叢書社から出版されました。500冊、もちろん希少本、幻の歌集となっていました。(私もまだ見たことがありません。)
その新装版を出したい、と、昨年の春に企画者の平岩壮悟さんからお聞きして、静かに熱狂したものです・・・。
さて、発売がいよいよ決まった年末。うちの店ではどのくらい売れるだろう、“山尾悠子さん”にうちの店のお客さんたちはどのくらい反応するだろうと、まずは様子見の10冊を入荷。
すると、2営業日ですべて売り切れてしまうという結果に。
『角砂糖の日』のために初めて来てくださった方や、葉ね文庫を知らない方から通販の注文がはいったりで、予想外の広がりをみせて。
こりゃいかんと、少し多めに追加発注したところ、もう出版社さんのほうでも在庫がない。
その後も「まだありますか」の問い合わせは続き・・・、“増刷”という嬉しいニュース・・・、3月中旬に再入荷できた、そんな一連の角砂糖祭がありました。
歌人の服部真里子さんは、『角砂糖の日』を3分の1も暗記してしまっているほどのファンで、今回葉ね文庫用にPOPを書いてくださったのですが、送られてきてびっくり。
絵、うまっ・・・!
クオリティ半端ないこのPOPも、店に来たらぜひ注目していただきたいです。
また、常連さんが「これは服部真里子さんのPOPの隣にあったほうがいいんじゃないかと思って。みんなに見ていただいたほうがいいと思って。」と、2014年にジュンク堂大阪本店で実施されたサイン会の冊子と、ポストカード(山尾さんがエル・グレコのある絵画を選ばれている)を持って来てくださった。じ~~ん。。
今、服部さんのPOPと、イベント冊子、ポストカードに囲まれて、『角砂糖の日』は品よく佇んでいます。
この本を読んで、感想を人と共有したくないなぁ、という気持ちが強いです。自分の中にひっそりしまっておきたい。
ただ、小説ではなく、歌集でなければならなかった作品だと思った、ということだけは言っておきたいです。
跳ねうさぎ登場の辞に舌垂らし駆けいそぐ追ふがわたしのこころ
(跳ねうさぎⅠ)
(『角砂糖の日』冒頭一首を引用)