第41回句集祭&平成28年度忘年会
日 時 : 平成28年12月3日(土)15時10分~19時30分
会 場 : ヴィアーレ大阪
句集祭
暖かい冬の日差しながらも、どことなく師走のあわただしさが感じ取れる船場のホテルヴィアーレ大阪で、例年通り開催された。
華の間で行われた理事会に引き続き、エメラルドルームで行われた句集祭も上藤おさむ事務局長(草樹)の司会で、冒頭に本年の物故者への黙祷から始まった。
吉田成子会長(草樹)の挨拶
「お祝いする句集・文集の数は、昨年は22冊、一昨年は23冊だったが、今年は12冊と少なかったものの、会の出席者数は70数名と例年並みであり、盛会となることを期待する。今年はアトラクションを予定しており、シャンソンをお楽しみ下さい。」
上藤おさむ事務局長(草樹)から一言ことわりがあった。
「お祝いの対象としているのは、事務局に申し出のあった句集・文集としていることをご理解下さい。今年から諸般の事情で会場の懸垂幕を省略させてもらった。」
9点の句集と3点の文集(句文集含む)、合計12点の披露と句集代表句の披講は、音羽和俊理事(草樹)によって行われた。
いつもダンディーな福嶋雄山氏(京鹿子)が、今年は着流しで壇上の著作者の記録写真を撮られるなか、西川吉弘企画部長(季流)の紹介で登壇された著作者の挨拶を、以下欠席者等を除いて順番に紹介する。
① 宇多喜代子顧問(草樹)
「本日欠席された伊丹三樹彦顧問(青群)とお話しする機会があった。記憶力にすぐれた先生で、俳句史を語って頂いた。今回上梓したエッセイ集は月刊誌『俳句』に連載したものを一部ピックアップしたものであり、このようにお祝い頂いてありがたい。」
② 岡村知昭氏(豈・蛮・狼)
「青年部に拠って活動している。一昨年の岡田由季氏(炎環)、昨年の曾根毅氏(LOTUS)に続くことが出来た。俳句は20年前に伊丹三樹彦顧問(現・青群)のもと(青玄)でスタートした。次なる1句へ取り組んでゆきたい。気持ちはもう第2句集に向かっている。」
③ 嵯峨根鈴子氏(らん)
「第3句集である。揖保川上流を吟行した時に、実際見たのは中野美容室だったのだが、<さくら蘂降るやハタナカ工務店>という句を作り、宇多喜代子顧問から「ハタナカ工務店」を知っているとお言葉を頂いたことがある。俳句は虚と実の狭間で出来るものだと思う。」
④ 下田沙羅氏(半夜)は、同じ結社に所属されている外山安龍理事(半夜)とご一緒に登壇されてのお話で
「句歴が長いというのだけが自慢で、俳句は難しく、面白くてやめられない。これが最後の機会だと思い、出席させてもらった。」
⑤ 豊田恵氏(京鹿子)
「亡父である故豊田都峰前会長(京鹿子)の遺句集で、生前もう一句集を出したいというのが願いだった。この句集を通して、亡父の事を忘れずに心に留めて頂ければ嬉しい。俳句は全く知らない世界だったが、今年から少しづつ始めている。」
⑥ 前田霧人理事(草樹)
「句集贈呈のお礼状に抽いてもらった句を集計したところ、集中145句のうち143句が1点以上入っていた。3位の句が<めをあけたらはつゆき>という自由律詩の句で、池田澄子氏(船団の会)に葉書で頂いた句評の<ああと納得>の言葉を足せば17文字になる。」
⑦ 森澤程氏(藍)「出版して1月ほどになる。感想を記したお便りの中に、わからない、難しいというものもあるが、楽しかったというお手紙もあった。主婦をしながらの俳句歴は20年であり、これからも続けてゆきたい。」
⑧ 米岡隆文氏(藍・杭)
「亡き妻葉子の追悼句集で、特に女性の方から最終章に涙したとお言葉を頂いたが、男性からは、具体性に欠け、読者に対して不親切との評もある。言葉と言葉の関係から句をなすことが多く、それが独善的と評される所以であると理解している。」
続いて、今年日本芸術院賞を受賞され、日本芸術院会員となられることが決まった宇多喜代子顧問に対してのお祝いの言葉を若森京子副会長(海程)が述べられ、花束が贈呈された。
若森京子副会長
「同じ時代、同じ戦後を生きてきて親しみを感じているが、勉強された方と私みたいなのほほんとした人間との差がでて、この度受賞された。私が所属している金子兜太現代俳句協会顧問(海程)の春と秋の俳句道場にお見えになることもあり、バイタリティにあふれる人である。」
宇多喜代子顧問
「過分な花束贈呈までして頂き、有難う。面はゆいながらも今回受賞した日本芸術院賞は、私個人がもらったのではなく、俳句というジャンルがもらった賞だと思っている。胸を張ってこの賞を頂き、少しでも俳句に尽力出来ればと思っている。」
続いて、上藤おさむ事務局長から句集祭に先立って行われた理事会の各議題の報告がおこなわれ、特に平成30年10月27日にANAプラザホテル京都で開催される関西担当の現代俳句協会全国大会への協力が要請された後、
花谷清副会長(藍)より
「皆さんの挨拶を聞いて、若手、中堅、長老の方々がそれぞれまんべんなく句集・文集を出されていることについて、関西現代俳句協会の幅が出ていると感じた。特に宇多喜代子顧問(草樹)の日本芸術院賞受賞は関西現代俳句協会の先輩の方の受賞で、大変うれしく思います。」
との閉会の挨拶が述べられ、定刻より少し早く終了した。
懇親会スケッチ
30分程予定が早まり、隣接のクリスタルリームで、中俣博氏(草樹)の司会により懇親会が開かれた。
谷下一玄理事(半夜)から
「乾杯の発声担当と聞いていたが、朝電話があり開宴の挨拶に替わったとのことで、乾杯の挨拶の原稿は作っていたものの、開宴の挨拶の原稿は出来ていない。ともあれご歓談ください。」
続いて久保純夫理事(儒艮)の
「乾杯の発声のピンチヒッターになぜかアルコールが全く駄目な私が選ばれた。忘年句集祭に青年部の出席が少ないのは、青年部から見て作品が魅力のない作家が多いのではと自戒も込めて、青年部が魅力を感じるような句をだしてゆきたい。」
の挨拶のあと乾杯となり、懇親会がスタートした。
宇多喜代子顧問からは
「久保純夫理事の話を聞いていて、彼が事務局長、私が会長だった頃を思い出している。年間出版された句集が80冊もあった時代である。故鈴木六林男氏、故林田紀音夫氏、故和田悟朗氏などいろいろ教えて下さる諸先輩がおられた時代で、結社で固まるのではなく、結社を超えてこのような句集祭に出席されるのも勉強になると思う。」
次々とだされる料理の合間を縫って、中俣博氏の指名により、次の方々の挨拶が行われた。
桑田和子理事(暁)
西谷剛周理事(幻)
森一心理事(獅林)
と続き、シャンソニエの松尾桜子氏(草樹)のシャンソンのご披露のあと、
高橋将夫理事(槐)から
「先ほど西谷剛周理事から来年は句集を出すとのお言葉があり、私も出さなければと触発されている。来年は今年以上の冊数がお祝いされるのを期待している。」
との挨拶を持って閉会となった。
<記・蔵田ひろし(草樹)>