2024年9月のエッセイ筋肉は騙さない村上春美テレビの大相撲や野球は大音量が延々としてたまらんと思っていた。ところが令和6年1月20日初場所7日目、私に奇跡が起こった。3つ位珍事が重なったためかとも思うが、60年近くボーツと付き合ってきた大相撲がふとアリガタイ物になったのだ。 NHK大相撲中継に炊事の手を拭き拭き目をやると、見慣れぬ若い美女が嫣然としている。解説者元白鵬(宮城野親方)と司会アナウンサーの間に座って左右と言葉を交わすたびに幸せな微笑みがパッと振りまかれる。 その人は「パリオリンピックでまた優勝したいから応援をよろしく」と言った。女子レスリングの須崎優衣さんと紹介された。さっきのあの微笑みをもう一度見たい。それが上っ面の筋肉でないのは、素人の私にも分かった。体の奥の筋肉に余裕があって、頬の筋肉をぐわりと包み上げるような微笑みで、相手を見詰めながら相槌を打つのだ。その度に私はうっとりとみとれていた。 その上そのコメントが簡にして要を得ているのだ。段々アナウンサーも白鵬も彼女の方へ向きなおして、話が熱く燃え上がっていくのを感じた。画面を見ると、力士たちは自分のやり方で立ち合い、突っ張り、右・左を差し、相手の腕を外し、上手・下手から投げ、押して引く。 琴の若(場所後新大関)を詠んで 須崎「試合中いつも、熱く冷静に大胆に,という言葉を繰り返し思って競技をしている。」「私はまだまだ挑戦者だという気持ちでとっている。」 ところで撮影の角度が目まぐるしく変わる中、ある人影が気になりだした。「そうだ あの人だ!」。 なんと50数年振りの旧友だ。眼が慣れるに従い確信となった。端然とした姿は崩れることがなく、清楚な装いで砂かぶりに座っている。昔と全く変わっていない。懐かしい! 健康そうに見え嬉しかった。たまたま気が向いて点けたテレビで再会できるとはなんと! そして3つ目の珍事が起こった。行司が土俵上の俵に蹴躓いて転んだ。烏帽子や草履を拾いながら軍配団扇を上げたのだ。大相撲観戦歴の長いうちの人も、「こんな事見たことないよ」と興奮していた。 解説のコメントで2つ興味を持った。相手の膝裏に自分の足を入れると倒し易い。 また相手の廻しにもろ手を差し込む時は、小指を廻しの下から差し込むと、胸前が拡がり気持ちが大きくなれる。反対に親指を廻しの上の方から差し込むと、胸前が狭くなって損である。 ピアノの打鍵にも利用できないかと思った。 そして白鵬と須崎さんとは意気投合して言った。 「テレビで大相撲見るのもいいもんねえ」と言うと、うちの好角家・好球家・好棋家・好俳家は我が意を得たりとご機嫌だった。 翻って相撲は神事と言われ、力士の醜名(四股名)はもともと地中の醜い物を追い払い、大地を鎮める役割があった。元旦の大地震の能登にも夏には巡業に行ってもらいたいものだ。 新進の大の里を詠んで (以上) ◆「筋肉は騙さない」:村上春美(むらかみ・はるみ)◆ |
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