関西現代俳句協会

2022年11月のエッセイ

コスモスの波間

弓場あす華

 「コスモス満開やねんて! 観に行かへん?」

 スマホ片手に、娘が部屋に入ってくる。故郷の再発見に余念のない彼女。最近は種々の情報を味方に、サイクリングを楽しんでいる。

 おむすびにおやつ、コーヒーとミネラルウォーターをリュックに詰めて出発。

 飛鳥川の流れに沿ってペダルを漕ぐのは爽快だ。少し控え目な川音に寄り添うように、コスモスが揺れる。

 柔らかな日差の中、天香久山の麓に刈田となった田園風景が広がる。午後の日が深く入る竹林を眺めていると、上空に帆翔する影を認めた。

 「青鷹だ!」

 真白な羽裏に琅玕の風を湛え、香久山の空を舞う雄姿に心が震える。青鷹が香久山の奥へと帰って行くまで、私たちはその姿を見つめていた。

 そして、藤原宮跡に到着。いくつかの区画に分けられた敷地は、かつて条里制をしいた都城であったことを思わせる。ここは長い間、発掘調査のためブルーシートで覆われ、蒼古としたイメージのまま記憶の中に寂びていた。

 しかし今、目の前にあるのは、明るい空に照らされた広やかな都の跡。土の下には、記紀万葉の風が眠っている。何万株にも及ぶ色とりどりのコスモスが揺れるたび、赤や白、ピンクの帯がたゆたう。幾久しい安泰の御代を念じた女帝の祈りが、コスモスの花を咲かせているのだと思った。

 コスモスの波間を縫って、小さな子どもたちが遊んでいる。花と光と影が、子どもたちの姿を追いかけている。風の中を子どもの声が通って行く。ランドセルを背負った五、六人の子どもが一列になって、宮跡を横切って帰るのが見える。

    コスモスや空の観ている鬼ごっこ
    下校子の列コスモスの風の中

 畝傍山に夕光が差し、宮跡をくれない色に染める。満場のコスモスの喝采を受け沈む夕日。その瞬間もまた、秋のサイクリングの行程であった。

(以上)

◆「コスモスの波間」:弓場あす華(ゆば・あすか)◆

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