関西現代俳句協会

2022年6月のエッセイ

実況アナ、レース出るってよ

稲野一美

 モータースポーツの朝は早い。

 といえば、まずモータースポーツとは何だ?オートレースか?と思われるかもしれないが、違う。スポーツだから賭け事はない。選手はアスリートとして、サーキットでレース(選手権)を戦う。野球と同じようにプロとアマが存在し、4輪であれば大リーグのようにF1がある。一方、草野球のように、アマチュアがホビーとして楽しめるレースもあり、全国各地で毎週さまざまなイベントが行われている。

 7月上旬、普段はレースの実況アナウンサーをしている私が参加したのは、初心者歓迎、女子だけで行われるレンタルカートの耐久レースであった。神戸のサーキットに午前7時に到着し、関係者にドライバーとしての参戦を驚かれながら練習走行開始。

 マシンは初心者向けなので最高時速は70キロ位だが、地面に体育座りをした体制で剥き身で走るので、体感速度は2~3倍。高速道路でも得られないスピード感だ。コースは一周1003メートルで、10のコーナーからなる。練習はわずか10周ほど。最初は慎重に路面の状況を確かめ、走行ラインをよみ、ブレーキングポイントを模索し、抽選で割り振られたマシンの特性を把握していく。

 実況の勉強のために多少の経験はあるのだが、何と言っても身体が辛い。F1ドライバーのように心拍数が180を超える状態で重力の数倍の遠心力に耐えながら2時間近く戦う…という超人級まではいかなくとも、一瞬のミスでスピンやコースアウトをするスピードと緊張感の中、遠心力に逆らってマシンを操るのは全身運動、まさにスポーツなのだ。しかしこのスピード感とバトルの面白さがレースの醍醐味。決勝では、周回を重ねるごとに息が荒くなり、握力がなくなってくる苦しさと、抜きつ抜かれつの喜びとを味わいながら、規定の1時間15分を2人交替でドライビングし、全身汗まみれでチェッカードフラッグを受けた。

 ちなみに私には、実況中、本人のミスでスピンをしてしまったドライバーに叫ぶ「やってもうたー!」というフレーズがあり、一種の名物になっている。今回ドライバーとして参戦することは、逆に自分が「やってもうたー」と言われるフラグを立てたようなものだ。レースアナウンサーが走るということで注目が集まる中、「(スピンを)やってまう」べきかどうか悩んだが、ええい、ままよと全力で走り切ったところ、ノースピン。期待には応えられなかったかもしれないが、とにかく業界関係者の話題にはなったようである。何より久しぶりのレース参戦は、非日常の高揚感と爽快さがたまらなく楽しかった。

 夕方の帰路、「幻」の西谷主宰に「このレースで俳句を」と言われていたことを思い出す。レースの句はポールポジションだの、サイドバイサイドだのと用語の音数が多い上に意味がわかりづらく、普段からボツばかり。興奮冷めやらぬままに捻ってはみましたが…。作句も実況も、これを機に一層精進致します。

    雲の峰勝利を賭けしブレーキ痕    一美

(以上)

◆「実況アナ、レース出るってよ」:稲野一美(いなの・かずみ)◆

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