関西現代俳句協会

2018年11月のエッセイ

三種の神器

出口善子

 近頃、私は三種の神器を手にいれた。

 一つは、白い大判のレース状に編まれたモヘアのスカーフ(黒い服を常用していて虫に狙われやすい為)。二つ目は、携帯用虫除けスプレー。そして、第三番目には、熊除けの鈴。これだけあれば、心置きなく戸隠の越水高原で隠遁生活ができる。

 今年の夏は、日本列島が、いや地球全体が異常気象で、猛暑の中では脳が正常に働きそうにない状態であった。そこで、この七月、本の校正やら、選句やらを持って、溽暑の都会から逃れて、信州戸隠で気分よく仕事ができるように謀ったのだった。

 ここではホトトギスが囀り、それにウグイスが加わって、目覚めはすこぶる快適である。また、同宿になる人々の興味深い話なども聞けて、未知の分野の知識が増えて楽しい。

 一度、バードウオッチング専門の人達に出合った。ホトトギスは、ウグイスに托卵するとされている話から、そのためにはウグイスの方が先に生存していたのですか、と聞くと、むしろ逆で、ホトトギスの方が早かったらしいと言う。しかも、今でも外国のある地域では、集団生活をして、自分で卵を温めて育てているホトトギス達が、実際にいるのだそうだ。環境によって色々な進化、即ち、生きのびるための手段を様々にこうじて来たらしい。そうなると、ホトトギスは托卵するものと決めつけるのは早計のようだ。人間を取り囲む環境は、まだまだ解らないことだらけで、動物図鑑など書き換えなければならないことが沢山あるらしい。 学校で習っていることの中には、不確かなものも沢山雑じっているといえそうだ。子供でも、熱心に一つの事象を見続けて観察すれば、大きな発見が出来、社会に貢献できるかも知れない、学校だけが勉強の場ではないことを教えてあげたい、そうすれば、苛めで自殺する子供なんて一人もいなくなるのに、とその人たちは声を揃えて言っていた。

 鳥は、飛ぶために身を軽くしていて、骨などはスカスカだという。まるで骨粗鬆症。だから、土に埋めたりすると、三日で分解してしまうのだとか。鳥の爪なども、止まる木の箇所、枝か幹かによるだけで、形が異なるのだそうだ。

 私が、熊除けの鈴をならしながら越水高原を散歩していた時、小さな鼠のような骸を見た話をすると、それはモグラかもしれませんよという。モグラは、体を何処かに触れていないと、ストレスで死ぬのだそうである。視力が弱いから、頼るものがなければ強烈なストレスがかかるという。そういう動物の生態をきちんと把握していないと、動物園などで飼い続けることはできないとか。尤もな話だ。

 9月末にまた隠遁すると、偶然、連中と同宿になった。また面白い話が聞けると楽しみにしていると、今度はあべこべに、芭蕉はスパイだったという説がありますが、どうなのですかと訊かれた。

    鷹一つ見つけてうれし伊良古崎  

 なんて芭蕉の句をすらすらと言ってのけられては、返答もしなければならず、怪しげな私見を述べる羽目になった。

 実をいうと、その件の私の興味は、芭蕉ではなく曾良の方にある。曾良の履歴には消息不明な時期もあるし、想像を逞しくすれば公安の役目が出来た唯一人の人だ。芭蕉の死後、幕府の命令で巡見使随員となり五島列島に行っている。今ならさしずめ国家公務員。そこで客死した。私は五島列島で、曾良の墓石を見たとき、言い知れぬ違和感を覚えた記憶がある。去来などとは違い、最後まで文学に身を投じた人ではなかったようだ。若ければ、「曾良物語異聞」でも書いてみたいところだ。

 兎に角、私の三種の神器は、色々な興味を掻き立ててくれる、貴重な品々なのである。

 翌朝、その動物学者たちは、鷹柱を見に朝早く出かけて行った。

      

(以上)

◆「三種の神器」:出口善子(でぐち・よしこ)◆

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