関西現代俳句協会

2016年2月のエッセイ

田圃のことなど

久保純夫

 曼珠沙華の季節は終わった。この時期、会うひとごとにこの花を誉める。

 ―彼岸花ってかしこいなぁ。

 ―そうや。暑い寒い関係なく、彼岸になると知らんまに咲いているもんなぁ。

 さらにその友が言う。

 ―この花は芽が出たかと思っていると、その日のうちにぐんぐん伸びていくのや。そら、びっくりするで。葉が出る前に花が咲くやろ。余計に、突然咲いたように思うのや。でも、すぐに色が褪せてゆく。何か、切ないで。

 ―救荒植物やもんな。余計にそんな感じがあるよな。

と、僕。その友は退職して、すっかり百姓になっている。田圃や畑に関する発言は自信満満だ。何となく、嬉しい。彼に自慢の三大農作物がある。春きゃべつ、黒豆枝豆、玉葱である。収穫の後、喜喜として我家までもってきてくれる。そこでありがたい、ひと講釈がある。僕はこれをにこにこしながら聞いている。愉しい。先日は枝豆を持って来てくれた。稲刈りの合間を縫って、である。

 ―お前とこには、ちゃんと料理して持って来たで。

 なるほど、枝と豆だけだ。根っこや葉っぱは取り除いてくれている。ありがとさん。彼もニコニコしている。僕は体質的にアルコールが全く駄目なので、ビールのお伴ではなく、だいたい枝豆ご飯にしている。豆を冷凍しておけば、いつでも使え、重宝している。先日も彼に貰っていた赤い蚕豆を、蚕豆ご飯にした。糯米を少し混ぜ、あとは玄米。なかなか美味しくできた。その話をすると、そうか、また作るわ、ということになる。昨日も散歩の途中に、彼の姿を見かけた。ひとりで機械に乗って、稲刈りをしていた。近づいて、お喋り。楽しみながら、ゆっくり作業している。手伝うこともないらしい。ひょうたんかぼちゃがお土産になった。

 彼は、僕の知識源だ。農村の共同体のきまりや行事、儀式などを教えてくれる。ふと漏らす言葉もおもしろい。

 ―彼岸の落し水ってよく言うけど、田圃の水を抜いたら、稲は水を求めて根をぐんぐん伸ばしてゆくのや。それで、茎はしっかりするし実も充実していくんやで。

 ―いつも思っていたのやけど、落し水って、何かエロチックやな。お前にそんなことを教えてもらったら、確信したわ、と僕。

 さて、郵便局に行くついでに、また稲刈りをしている友を見に行くかな。

(以上)

◆「田圃のことなど」:久保純夫(くぼ・すみお)◆

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