関西現代俳句協会

2012年12月のエッセイ

菩薩と王

佐藤 眞隆

 ボサツのところに猿がやってきて「水を飲むことができずに困っています」という。ワニが池のほとりに棲みついたので怖くて水を飲むことができないのです。なるほど、猿が池の方に向かった足跡はありますが戻ってきた足跡はありません。そこでボサツは「葦よすべて空(うつ)ろになれ」とそう唱えてプウと吹くと、あら不思議や葦の中が空ろになりました。そこで猿たちは池のまわりをぐるりとかこみ、葦を手に池の水を飲むことができました。悪いワニはいたしかたなく池の底へともどってゆきました。ボサツはこの話を王のところでしてあげました。

 猿と山犬と獺(かわうそ)と兎の四匹が仲よく暮しておりました。或る日、ボサツさまが来られることになり、それぞれが施(ほどこし)をしようと、猿は木の実を、山犬は獣肉を、獺は魚を、それぞれ獲ってきました。ところで、兎の家には豆もなければ米粒もない、そこで思いあまって「わたしが焼けたら召し上がれ」とそう叫ぶや焚き火の中に跳び込もうといたしました。そのときボサツさまは兎を抱きしめおっしゃいました「兎よおまえの行為は世に伝わり世の中のみんなを幸せにするであろう」そういい残して去って行かれました。

 あわて兎の巣穴のところにドスンと音がしました。「大地が壊れたのかも?」あわて兎の話は水牛のところに、水牛はサイのところに、サイはトラのところに、トラはライオンのところにその話が伝わり大騒ぎとなりました。ボサツさまが行ってみると、大きなヤシの実が兎の巣穴のところに落ちていました。ボサツさまはこの話を王のところでしてあげました。

 貧しい老婆が住んでいました。在る日のこと、国中を歩いて修行を重ね、多くの人達から慕われているボサツさまが町にやって来られることを知りました。自分も少しばかりの灯し油を寄進したい。そこでお茶碗に半分ほどの灯油を買い求め、ボサツさまのところに持ってゆきました。その夜のことであります。町に嵐が襲ってきました。ところで、たくさんのお大尽(だいじん)たちが寄進した油で灯した明かりは、そのほとんどが消えてしまいましたが、老婆がわずかばかりのお金で寄進した「明かり」は、嵐の中でしつかりと灯り続けていたということです。

(以上)

◆「菩薩と王」(ぼさつとおう): 佐藤 眞隆(さとう しんりゅう)◆