2009年 6月のエッセイ 「春の夢」三木星童 夢をみることが多くなった。おぼろげにしか憶えていないが、先日の夢は心に焼きついている。木々や草に花が咲き、鳥が盛んに啼き、その中に地上にとも空中にとも思える二人影。その傍に、 最近、平岩弓枝著の「西遊記」を読んだ。「編訳」書は多いが、この本は実に美しく描かれている。「西遊記」は呉承恩作の明代の長編小説。四大奇書の一つである。唐僧、玄奘三蔵が孫悟空、猪八戒、沙悟浄、それに白馬となった西海龍王の子龍と共に長安を発ち、さまざまの難関、辛苦、特に妖魔の妨げを闘い抜いて、十四年をかけて天竺に至り「大乗経典・五千四十八巻」を得て帰るという物語。東土より西方の釈迦如来の御許に十万八千里、自ら求めんとする強い心が支える旅であった。 出立の日、皇帝や人々の見送る中、「長安の都は梢の鳥も啼き、河中の魚も涙する別離の悲しみに包まれた」とある。 この文を読み、ふと「おくの細道」が頭を過ぎった。 「おくの細道」には、出立の日、「千しゆと云処にて舟をあかれは前途三千里のおもひ胸にふさかりて幻のちまたに離別の涙をそゝく〈行春や鳥啼魚の目は泪 芭蕉〉」と記し、「これを矢立の初として行道猶すゝます人々は途中に立ならひて後かけの見ゆるまてはと見送るなるへし」と書き残されている。 三蔵法師一行は、先ゝで妖魔を退治し悪を懲らしめ、国や村を平安にしてゆく。芭蕉翁一行は、今、道筋に町おこしの一端を担っている。お二人の旅はこの時代、命をかける覚悟と、曾良や孫悟空ら弟子の師を思う心があってこそ、出立し成就し得たことと思う。 一歩一歩、先にある何かを求めて行く姿に、光をみる。 先日の夢の二人影は、三蔵法師と芭蕉翁では。 夢中になって飽くことのないものは、夢にみる。この二つの物語が結びついたことも不思議ではない。「夢」である。 病中、枕元の呑舟に筆をとらせ、程なく逝去された芭蕉翁の句。 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭 蕉 さて、春も終わろうとしている。夏の夢はどうか。出来れば秋、大垣に至る夢をみたいと願っている。 以上 |