関西現代俳句協会

2008年 11月のエッセイ

  「南の時刻表」

三木  基史

 学生時代(1990年代後半)に「南半球は本当に 季節が逆なのか?」という素朴な疑問を確かめるためだけに、トンガへ旅した経験がある。そもそも南半球ならどこでも良かったので、当初は日本から直行便の あるフィジーへ行く予定であった。ところが、フィジーのナンディ空港に着いてみると、首都のスバで暴動が起こり、軍隊まで出動している様子がTVニュース で流れている。とても観光どころではないので、仕方なくフィジーからトンガに避難したと言った方が正しいだろう。

  トンガ王国は日付変更線のすぐ西に位置する島国で、世界で最初に朝を迎えることでも知られている。予定にはなかった旅であるが、いざ到着してみると、ト ンガ人が流暢な英語を話し、日本円がダイレクトで現地通貨に交換できたのは助かった。とりあえず1泊1000円程度のゲストハウスを見つけて腰を落ち着け た。

   翌日の朝から海に向かった。ひとしきり泳いだ後、水着のままで町をウロウロしていると、赤い屋根の可愛らしい建物を見つけた。教会か何かだろうと思って 近づくと衛兵がいる。どうやら王宮のようだ。衛兵に頼んで王宮をバックに写真を撮ってもらおうとしたら、いきなり逮捕された。聞けば、トンガは敬虔なキリ スト教国。上半身裸で外出することが法律で禁止されているそうで、ものすごく怒られた。ところが、私が日本人だと知ると急に優しくなった。理由はよく分ら ないが、トンガ人はみんな日本が大好きらしい。おかげで見逃してもらえることになった。すると今度は衛兵が私のカメラで写真を撮って欲しいと言い出した。 トンガではカメラ自体が珍しく、とても興味があるようだ。 私は王宮の前で胸を張る衛兵をカメラに収め、日本に帰ったら現像して送る約束をした。彼はとても喜んでいた。

   トンガ人は身体がとても大きく、性格も大らかだ。観光客も少なく、明らかに異国人だと分かる私を見つけると、嬉しそうに話し掛けてくる。「一緒にバレーボールをやらないか?」と誘われて参加すると、「明日はフットボールをするから、また来いよ!」という調子だ。ここでの主な移動手段はバスになるが、路線 案内図も時刻表もない。降り際に運転手から「何故こんな何も無いところに来たんだ?」と聞かれ、「何も無いのがトンガの魅力だ。」と答えると、とても不思議そうな顔をしていた。それもそのはず、私は間違って目的地のひとつ手前のバス停で降りてしまったのだ。運転手はトンガの魅力を尋ねたのではなく、注意を促してくれていたのだ。私は時刻表の無いバス停で、いつ来るか分らない次のバスを待ち続けた。南国の風が優しく吹き抜けた。

 少年に滑走路あり大夏野      三木基史