関西現代俳句協会

2007年 5月のエッセイ

「野風呂・草城と大正昭和の俳人達」 

              高木 智

 日野草城が熱望した、三高京大俳句会の発表機関として、大正九年に創刊された「京鹿子」が、来る十二月号をもって一千号を迎える事になった。社団法人京鹿子社では、一千号記念誌の発行はもとより、この秋、野風呂記念館において、表記の名称により、記念資料展示会の開催を計画している。

 野風呂記念館は、「京鹿子」創刊同人の一人鈴鹿野風呂の生家であるばかりでなく、「京鹿子」の発行所でもあった跡地に、相続人丸山海道の提唱で、本人はもとより、同人、会員の総力をあげて建立した京鹿子社の会館である。大小四つの句会場と図書室があり、一般の利用に供されている。特に図書室は、野風呂の収集した俳句関係の図書資料を中心に整理し、毎月第一第三水曜日に開室して、俳句愛好者や研究者の利用に供している。ただ広報活動は、毎月一度、京都新聞の「まちかど」にその月の開館日を提示するに留まっているが、ぼつぼつの利用者があり、なかには熱心に通ってこられる方もあって、有難い事に思っている。

 さて、その所蔵内容であるが、野風呂が単なる俳人にとどまらず、俳諧研究の学究でもあったところから、江戸時代の俳書はもとより、中世の連歌書など古俳諧の写本や版本六百点、宗祇、無腸等百点になんなんとする短冊などから、明治大正昭和の三代にわたる句集や俳句関係書一万巻を網羅し、さらには二代目主宰丸山海道の旧蔵書、そして現在三代目主宰の豊田都峰も、刻々寄贈されて来る句集を納本するなど、過去四百年以上の図書資料が系統的に収蔵されており、現在も殖え続けていることは、他に類例をみないところである。

 さらに通常の図書館と大きく異なるのは、数千点の短冊をはじめとして、色紙、書簡、全紙に認められた寄書きの軸など、大量の墨跡を有する事である。野風呂自身、気楽に筆をとり、誰にも幾つでも書き与えたが、発行所に集まった人には、まず「水雲集」という帳面に記入を促し、二三人集まれば対座吟、鼎座吟を行なって、その成果はただちに短冊に記さしめ、保管した。特に、新年、節分、雛祭、ゆすらうめ、柿、翁忌、一茶忌など、多くの人が集まった時の短冊は数百点ずつ纏められ、現存する。なかでも、節分における田中王城、ゆすらうめの吉田すばるなどは毎年参加し、短冊も多く残している。京大俳句事件で検挙され筆を折った井上白文地も、節分や翁忌にはあらわれて、短冊を残している。

 また、百号を記念して同人短冊頒布会が行なわれた時は、全同人から揮毫を求めたと思われ、草城はじめ五十嵐播水、平畑静塔、井上北人等本金の五色の短冊が一帖に納められているのは、俳壇の歴史をひもとくうえでも、貴重である。

  当時、ホトトギスに参加した俳句の仲間は、寮誌にも活発に投句しあった。特に、学生仲間として、東大の「馬酔木」を主宰する水原秋桜子、東大在学中の同人山口誓子や中村三山、大岡龍雄、九州大学関係の「天の川」吉岡禅寺洞や同じく九州の杉田久女、佐藤放也、草城とかかわりの深かった楠目橙黄子など、しばしば入洛すると歓迎句会を催し、そのおりの寄書きや礼状なども少なくない。華麗な筆跡で知られる誓子の若書きはめずらしい。

  昭和五、六年から起って来た新興俳句運動が活発になり、草城はじめ若い同人達が無季俳句を提唱することになつたとき、草城が「京鹿子」内部の混乱を食い止めようとしたものか、昭和七年秋、突如組織変更の動議を提案して、「京鹿子」を野風呂にゆだねる事にした。そこで、野風呂の周辺には、ホトトギスに拠る作家達が集まることになる。水野白川、長谷川素逝、木津蕉蔭、福村青纓、渡辺こうみといった人たちである。さらには高倉観崖、川端柳生(弥之助)、梶原緋佐子など画家も多く参集し、吉右衛門などの俳優をも含めて、当時神麓居と称した野風呂庵は一大文化圏を形成した。

 ホトトギス同人との繋がりも無視できない。虚子の入洛時の歓迎句会は云うに及ばず、関西ホトトギス同人会は、高崎雨城らの肝煎りで多く行なわれていた。そこでも野風呂は初期同人として、重鎮の扱いをうけていたと思われ、藤岡玉骨、田畑比古、大橋桜坡子等の寄書きや、手紙、句会の選句稿などが残っている。

 そういえば、「ホトトギス」は創刊号から九百号までが揃っているし、雑誌でいえば、かつて図書室としての神麓文庫が狭隘になったときその多くは廃棄されたものの、「鹿笛」「懸葵」「馬酔木」などの幾らかと、「天狼」「青玄」「学園」などの創刊号から数年分などもある。

 かくて、大正昭和期の「京鹿子」とそれをめぐる俳人達の交流は、さながら当時の俳句界を象徴的に見せるだけの資料を保存しており、今回の展示は、日野草城および鈴鹿野風呂の著作・筆跡を中心に、その他の作家の短冊、書簡類、そして寄書きということになろう。画家の色紙を彩りに添えてみるかもしれない。勿論それとは別に図書室も公開するので、必ずや御期待に沿う展示となる事と愚考する。なお、「京鹿子」一千号に沿った展示は、次年度に行なう予定である。              

            記

日時: 平成十九年9月21日(金)〜23日(日曜・秋分の日) 午前十時〜午後四時半 場所: 野風呂記念館 京都市左京区吉田中大路町八ノ一  入場料 三百円

ー日時を訂正いたしました(7月3日)

なお、お問い合わせは  電、Fax 〇七五ー七九一ー〇三八六 高木まで

以上