関西現代俳句協会

2005年7月のエッセ
「天神祭の一夜」  小泉 八重子

 七月になると大阪は天神祭の季節となる。

<火と水が織りなす華麗な夏の祭典>、堂島川で繰り広げられる船渡御をハイライトとする一連の神事でありお祭である。菅原道真公を乗せた鳳(おおどり)神輿はじめ迎人形船、獅子囃子など百隻余の船が堂島川鉾流橋から江ノ子島に向かう。篝火が川面に火をこぼし夏の夜の絵巻物さながらの美しさである。

 ところで三年前のその夜、私はその船渡御の中の一船に乗る機会に恵まれた。今迄は橋や岸の人混みの間から垣間見るだけだったその船に、乗れるというので夢心地だった。乗ったのは人形船という講社船で、講の世話人に伝(つて)のある人の紹介であった。

   遅れ来て要(かなめ)となりぬ祭船   八重子

 さてその夜、船上の人となり神鉾船など神事の船を次々に見送りつつゆっくりと上流へ動いた。七時を過ぎ夕闇が迫ると岸に篝火が燃え、橋の上も両岸もびっしり人人人である。見るとビルの窓からも沢山の人が手を振っている。私達も手を振りながらちょっぴり優越感を覚える。突如パパーンと花火の音、閃光が走り一瞬光の世界に・・・。

   大花火川面に贅を散らしつつ     八重子

 最も面白く思ったのは船と船がすれ違う度に、双方全員が立ち上がり「ヨーイヨイ」との掛声を合図に、チョンチョンと「大阪じめ」の柏手を打つことだった。共に祭を祝う喜びの挨拶だろう。お弁当を食べていても向こうから船が近付くと立ち上がってヨーイヨイと大阪じめ。何とも忙しいが楽しい。

   一船は丸ごと祭の色となる      八重子

 また次々に橋の下を通る度に「座って下さい!」と座長がマイクで叫び提灯を傾ける。橋が低いので頭を下げないと危ないのだ。船全体に親しさと連帯感が深まってゆく。

  船は飛翔橋でUターン。歌舞伎船、文楽船、大きなジョッキのビール会社の船等々と会う。圧巻は煌々たる篝火船、名物のどんどこ船が手漕ぎで追い越してゆく勇壮さだった。

   川渡御やただ影となる岸の人    八重子   

 かくして十分に酔い船渡御は終った。

 今年もあと少しで天神祭が来る。多分もう二度とあの川を彩るきらびやかな船に乗ることはないだろう。それだけに今なおあの一夜の昂りは貴重であったと思う。

   いっせいに水と空炎ゆ天神祭     八重子

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