会員の著作)曾根毅『十翼』

句集『十翼』 曾根毅 東京四季出版 2026.8.1.
【俳句の抄出と短評 岡田耕治】
己が葉の真ん中に死ぬ蓮かな
裁かれることなく老いぬ白牡丹
胴体と名付けられたる氷かな
氷とも影ともつかず無くなりぬ
月明の母より長く踊るなり
命なり華を素足で掻きまわし
ただ黒い輪郭のあるダリアの夜
昼と夜違えていたり曼珠沙華
西鶴の目に留まりたる夏の蝶
瓦礫より赤い毛布を摑み出す
一切を現在とする木下闇
腰掛けて牡丹に近くなりにけり
曾根毅氏の第2句集『十翼』は、俳句でありながら俳句から浄化していこうとする、そんな意志と静謐さを感じさせてくれます。
まず顕著なのは、生と死、存在と消滅の境界を揺らぐようなまなざしです。「己が葉の真ん中に死ぬ蓮かな」「氷とも影ともつかず無くなりぬ」といった句からは、個の消滅を静かに受け入れ、それを客観的に捉える孤独な佇まいを感じます。「胴体と名付けられたる氷かな」というあまりにもリアルな表現は、形あるものへの毅さんの独特な執着と距離感を象徴しているようです。
一方で、「大阪北部地震」の章にある「瓦礫より赤い毛布を摑み出す」という句は、被災の現実を突きつけます。赤い毛布の鮮烈さは、震災後の際立った生の証として提示されており、強い緊張感を与えています。また、「曼珠沙華」「牡丹」「ダリア」といった植物の描写も、単なる季語ではなく、作者の心象を映し出す鏡として機能しているようで、これまでに視たことのない深さを感じます。
『十翼』に通底しているのは、時間や空間を自在に歪ませる力です。「月明の母より長く踊るなり」「昼と夜違えていたり曼珠沙華」といった表現など、日常の理を逸脱し、夢とうつつの狭間へ読者を誘います。全体を通して、作者の詩精神は、一切を「現在」へと凝縮させながら、永遠の相を見つめようとしているようです。極めて現代的でありながら、どこか古典的な哀切の漂う、濃密な秀句群といえるでしょう。
岡田 耕治(おかだ こうじ)
1954年大阪生まれ。中学生から俳句を始め、鈴木六林男に師事。編集長として「花曜」終刊後、「香天」創刊・代表。関西現代俳句協会会長。


