連載)岡田耕治「俳句物語 3」

俳句物語 3 岡田耕治
甘味の厚焼き卵春きざす 辻井こうめ 「香天」より
パートナーと暮らし始めて三年になる。家事は私が料理、パートナーが洗濯と掃除を分担している。最近の私の料理には、母ゆずりの厚焼き卵を「おいしい」と言わせるという一つの目標がある。毎日の弁当に欠かさず入れているが、パートナーは鶏の唐揚げや鮭の塩焼きは褒めても、厚焼き卵については一度も「おいしい」と言ったことがない。
パートナーは関西、私は関東出身で、関西の方が何かと薄味の傾向がある。母が使っていた濃口醤油ではなく、薄口醤油に変え、砂糖も控えめにして、弁当の主役として真ん中に詰めているのに、なぜ満足してもらえないのだろう。
先日、パートナーが行き付けの居酒屋で出し巻き玉子を注文した。ふわとろで美味しかったが、私にはどこか物足りない。やはり、玉子焼きは母の味が一番だと内心で思いながら、パートナーがトイレに立った隙に、店長に秘訣を尋ねてみた。「うちは醤油じゃなく、白だしを使ってます。あと、塩を一つまみ」とのこと。もちろん、砂糖は使わないそうだが、私にとって玉子焼きにはやはり砂糖が欠かせない。
卵三つを割り、白身を切るように混ぜ、砂糖を小さじ二杯、母直伝の牛乳を少し加える。そして、醤油ではなく白だしを使ってみる。これまで、大さじ二杯だった砂糖に釣り合うようにと塩も少々入れていたが、今回は一つまみだけにする。焼き色が付かないよう、そして型崩れしないように丁寧に焼き上げた。
今日の弁当は、それぞれの職場用ではなく、二人で市立美術館の作品展を見に行くために作ったものだ。美術館に入る前、芝生の広場でとっておきの弁当を開いたとき、くすっと笑う声が聞こえたような気がした。母の声だった。
岡田 耕治(おかだ こうじ)
1954年大阪生まれ。中学生から俳句を始め、鈴木六林男に師事。編集長として「花曜」終刊後、「香天」創刊・代表。関西現代俳句協会会長。
俳句物語について
「俳句物語」は、作者の岡田耕治が選んだ一句の魅力をさらに深く、立体的に味わっていただくために創作した物語です。一句から心に浮かんだ情景を自由に綴った創作で、短編小説やショートショートとも言える形式を取りながらも、その目的はあくまでも一句を味わうことにあります。最新の「俳句物語」は関西現代俳句協会のメールマガジンで、これまでの作品は同協会のウェブページでご覧いただけます。よろしければ、俳句とともにお楽しみ下さい。


