特集 西東三鬼)『三鬼』を読む 野口裕

『三鬼』を読む 野口裕

 三鬼の小説「神戸」には戦時下の神戸に蠢く様々な人々が登場する。中には悪事を働く人もある。むしろ多いか。それを描く三鬼の筆は咎めるのではなくどちらかと言えば楽しそうに見える。ひょっとして、彼自身が片棒を担いでいるのではないかとも思えてくることもある。悲惨なはずなのに明るい。読む側の心持ちが軽くなる。そうした心性の由来が奈辺にあるのか、常々不思議に思っていた。

 そこに現れたのが小林恭二の小説「三鬼」である。作者は、「京大俳句事件」で彼が逮捕される直前の時期に、ファミリーヒストリーに絡んでくるシンガポールとの関わりを補助線として挿入してくる。三鬼を逮捕しようとする特別高等警察(以下特高)と、シンガポールとの関わりを利用しようとする陸軍、三鬼および彼の俳句を巡る人々が絡み合い、物語は進行してゆく。

 三鬼には、おとなしく特高に逮捕されるか、陸軍に身を寄せて匿って貰うべきかの二択がある。どちらを選べば良いのか。どちらを選んでもどこかに支障が出てくる。なおかつ、逮捕された際には拷問による死の影がちらつく。その進行は、「神戸」よりも切迫感があり、読者はしばしば嘆息する、三鬼の選択した道に。納得もする、そうせざるを得なかったのだと。「神戸」の虚無的で明るい筆致の底にあるものがこの時代にあったのだと理解もする。

 一方、小説「三鬼」は俳句や短歌などの短詩を挿入した小説の系譜にも属する。多くの場合、挿入される短詩の解説は最小にとどめて話の進行を進めてゆくスタイルが取られる。思いつくまま上げてみると、井上靖「額田王」、辻邦生「西行」、田辺聖子「道頓堀の雨に別れて以来なり」等々。他方、短詩形文学の作家を取り上げながらまったく短詩を取り上げないスタイルの作家もある。「坂の上の雲」には、子規の俳句や短歌はほとんど出てこなかった。高田屋嘉兵衛が露西亜と交渉する際の話術の基本としたのは浄瑠璃本だったと、かなり重要と思われることを書きながら、浄瑠璃の引用はなかった。

 だが小説「三鬼」は取り上げた俳句に対して徹底的な解説を施す。個々の句の解釈には首をひねることもある。筆者には「水枕ガバリと寒い海がある」の解説は腑に落ちない。寝返りするときのガバリというオノマトペが陳腐であるかどうかで渋澤龍彦と加藤郁乎などの間で言い争いがあったと何かで読んだ記憶があるが、そちらの方が評価がどちらであるにせよしっくりとくる。

 他方、陸軍の山下奉文に三鬼の作った戦火想望俳句を語らせるくだりは圧巻だった。特高に限らず、戦争に行っていない人間が戦争の句を詠ずる事に対する批判は当時からあった。そうした批判を、作家は「君は兵士になりかわってこうした光景を詩にしてくれているのだ。その場が映画館であろうが、書斎であろうが関係ない。場所を越え、時間を越えて真実をあらわす。それが詩人の仕事ではないのかね。」と山下奉文に語らせることで応じる。ともすれば散文の中で立場を失う短詩が、充分の文量で縦横に論じることで、短詩と物語中で進行されるしがらみが均等に渡り合う。これは、作者の力量を以てして初めて可能となった。その点にも敬意を表して、この稿を終わりたい。


野口 裕(のぐち ゆたか)
1952年生。1995年句作始。2000年句会出没開始。その後、句会歌会詩会手当たり次第。北の句会、sora歌会、ポエティカの会、川柳らくだ等出入り。垂人投稿。句集『のほほんと』。賞なし罰あるかも。