連載)仲寒蟬「心カテは身体に悪い?」

連載 仲寒蟬
2.心カテは身体に悪い?
今では糖尿病の外来だけをしているが若い頃は循環器の方に力を入れていた。内科は大きく8つくらいの領域に分かれるが中でも循環器と糖尿病・内分泌とは正反対と言ってよいほど異なっている。循環器医は「糖尿病の医者なんて何の技術もない、我々にはカテーテル(細い管状のストローのような道具で血管内に挿入して造影剤を注入したり血管内手術をする)があるからな」と言い、糖尿病医は「あいつら脳みそ筋肉やからな、我々みたいにじっくり考えたり患者さんと話したりできへん」とお互いを馬鹿にしている。そのことについて私の尊敬する糖尿病の心理的アプローチを専門とする医師がこう仰ったのが印象的だった。「循環器の先生に我々には心カテ(心臓カテーテル)があるけど先生ら何もないやん、と言われたとき心の中で、我々には心カテはなくても心のカテーテルがある!と思いました。」この矜持はすごい。
私は一時その両方の領域を専門にしていた。心カテは面白かったし自分の手で患者さんの命を救っているという実感があった。一方で患者さんと話すのが好きなので糖尿病の診療も楽しくやっていたのだ。忙しかったが両方を生業とする医師は少ないので大いにやりがいを感じていた。その代り循環器に携わると夜中でも何でも構わずに呼び出される。未明に心カテを始めて例えば冠動脈(心臓を養う血管、これが詰まると心筋梗塞)にステント(金属製の網目状の筒)を入れて終了するともう朝。そこから夕方まで続く外来が始まる。眠いので外来の間に5分くらい眠る。そんな感じ。
自分としてはこの仕事が面白かったので還暦まで心カテをするつもりだったが目を悪くした。心カテの時患者さんの右側に立つ。放射線は左側から降り注ぐ。何年目からかはちゃんと放射線除けのゴーグルをしたが最初の頃はしていなかった。そのせいか40歳で左だけ白内障が進行し手術した。白内障は手術でまた見えるようになるが自分は放射線に弱い身体ではないかと思った。もしそうならそのうち白血病になるかもしれない。それに重いプロテクター(放射線を避けるため鉛で出来ている)を装着していたせいか腰も痛めた。心カテは身体に悪いじゃん、ということで結局55歳くらいで止めてしまった。また心カテのせいではないが緑内障が進行して心画像モニターがよく見えなくなり救急への対応も出来ないので循環器を続けること自体を諦めた。手先は器用と自負していたので循環器から手を引かねばならないのはショックだった。長年自分で植え込んできた人工ペースメーカーも他の医師に頼んでやってもらうこととなった。目が悪いとどんな手技も危険で手を出せない。
しかし循環器疾患というのは始まりは突然でもその前に何年にもわたる準備期間がある。動脈硬化は一朝一夕には起こらないのである。だから口で喋ることしか残らなくなった私でも動脈硬化の予防のために糖尿病、高血圧症、脂質異常症などの治療を外来で行うことは出来る。いやむしろこちらが出来ていなければ循環器疾患で亡くなる人は減らせないのだ。
誰かが亡くなった時の死因によく「心不全」が挙げられる。昔は「よく分からないときは心不全とでもしておけ」と言われた。なぜか「老衰」という病名はダメだと先輩から教えられた。今はそんなことはない。分からなければ正直に「不詳」と書く。いい加減な「心不全死」をなくそうということだ。勿論「老衰」もOK。そもそも「心不全」とは心臓のポンプ機能が上手く働いていない状態のことであって病名ではない。だから「死因」が心不全でも「その原因」として心筋梗塞や心筋炎などを書き添えないと藪医者なのである。
そう言えば若い頃はCPA(心肺停止、当時はDOAと言ったものだ)の人が救急車で運び込まれるとひと通り蘇生術を加えて亡くなった時には必ず剖検させてほしいと遺族にお願いをした。半分くらいは了承してもらえた。その結果原因の疾患としては「心筋梗塞」が最も多かったが、同数くらい「急性大動脈解離」があることを発見して学会発表した。突然死はだいたい心血管疾患であることが多いけれども心筋梗塞だけではないのだ。
今回はこれくらいで。
冬麗の眼鏡なければ何も見えず 仲 寒蟬
仲 寒蟬(なか かんせん)
1996年、「港」俳句会入会。
2004年、第1句集『海市郵便』、山室静佐久文化賞受賞。
2005年、第50回角川俳句賞受賞。
2014年、第2句集『巨石文明』、第65回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
2023年、第3句集『全山落葉』。
現在「牧」「平(ふらつと)」代表、「群青」同人。


