連載)仲寒蟬「生活習慣病ってオレが悪いのか?」

連載 仲寒蟬
1.生活習慣病ってオレが悪いのか?

 これから3回にわたって医療の話をしよう。みんな医療の話が好きだから。テレビでも「救急24時間」とか医療ドラマはなぜか人気がある。みんな身につまされたいのだ。老人が集まると必ず病気の話になる。病気自慢と呼ぶ人もいる。「あなたなんかね私に比べればいい方よ」何で悪い方へ自分を置くのだろう?そのくせ自分だけが知らない特効薬や特別な治療法があると思い、主治医よりも民間療法を信じて大金を使う。

 俳句などとヤクザなことをやってはいるが私は医者である。今も現役で、入院患者こそ受け持たないが週5日の外来をこなし約700~800人の患者さんを診ている。それを知っている人は句会が終わると自分の身体や病気について私に意見を求める。本来なら診療費をいただくところタダで相談に乗っている。
 まずは自分の専門領域である糖尿病の話から始めようか。

 「生活習慣病」という病名は1996年に厚生省が作って広めた。それまでは「成人病」と呼ばれていたが例えば糖尿病など若年化してティーン・エイジャーにも見られるようになったので実を伴わないということで変更されたのだ。最初に聞いたときは、塩分と高血圧、食べ過ぎと糖尿病など確かに生活習慣が原因で起きるものが多いのでいいネーミングだと思った。しかしあれから20年以上経ちこの名称はダメだなと思うようになった。まず例えば2型糖尿病は生活習慣だけでなく遺伝が大きく関わるなど必ずしも「注意していれば罹らない」病気ではない。それに「生活習慣病」という病名には「この病気になったのはあなたの生活習慣が悪かったせいだから自己責任だ」との行政側の思惑が透けて見える。そのうち肥っている人は医療費を多く納めよ、なんてことに繋がりかねない。行政の責任逃れじゃないかという気がしてならない。

 それはともかく人間というのは何かにつけ原因を見付けたがる。何かのせいにしないと気持ちが収まらないのだ。「あなたは糖尿病です」と病名を告げると患者さんは「食べ過ぎたのがいけなかったんでしょうか?」「私は別に甘い物を好きではないのですが」という反応が返ってくる。癌ならもっと深刻。あの時にああしたのがいけなかったのか?など患者さんの頭の中で犯人探しが始まる。人間の身体はブラックボックスだから方程式のように何かを入れれば結果が出るというような単純なものではない。病気の原因なんて一つではない。

 政府が生活習慣に介入した例としてイギリスの減塩の話がある。パンの生地には本来塩分が多く含まれている。国民の血圧上昇を抑制するためにイギリス政府は10年間かけて食パンの食塩濃度を約20%下げさせた。これにはもちろん国内のパン製造業者の協力があった。一気に減らすと国民は「なんだか最近のパン不味くね?」とすぐに気付いてしまう。だから10年かけて少しずつ減らしたのだ。この作戦によって最終的にイギリス国民の塩分摂取量は15%減り、血圧は下がり、心筋梗塞が40%も減少したという。気付かないうちに減塩できるとは素晴らしいアイデアである。

 私も「生活習慣病」を持っている。高尿酸血症と脂質異常症である。かなり早いうちに薬を飲み始めた。特に尿酸については好きな酒を控えるのが嫌だから薬を飲んで下げながらビールを飲んでいる。それでも医者かと言われても医者なんてそんなものなんである。最近は腎機能が悪くなってきて(これは原因がよく分からない)早々に薬を始めた。この薬は糖尿病にも効くし(私はまだ糖尿病ではないが)体重が減るのも魅力的だ。

 痩せると言えば今や世間でGLP1受容体作動薬(マンジャロとかオゼンピック)が大流行で本来糖尿病の薬なのに美容目的で肥ってもいない若い女が使ったりしているらしい。これは怪しからぬことで、アホな美容整形の医者が儲けるために処方しまくっているという話である。病名がなくとも自費診療にすればいくらでも処方できる(医師としての心を悪魔に売り渡せば済むこと)。痩せるためなら金はいくらでも出すという患者と利害関係が一致する。困るのは本来その薬を使わなくてはならない糖尿病の患者さんに薬が渡らなくなる可能性があるということだ。実際に一時そういうことがあった。
 切りがないので今回はこれくらいでやめておこう。

 のつけから病気の話秋の旅  仲 寒蟬


仲 寒蟬(なか かんせん)
1996年、「港」俳句会入会。
2004年、第1句集『海市(かいし)郵便(ゆうびん)』、山室静佐久文化賞受賞。
2005年、第50回角川俳句賞受賞。
2014年、第2句集『巨石文明』、第65回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
2023年、第3句集『全山落葉』。
現在「牧」「平(ふらつと)」代表、「群青」同人。