連載)岡村知昭「草城かくれもあらず 2」

連載)岡村知昭 草城かくれもあらず 2
狭間の薔薇

 タイピストコツプに薔薇をひらかしむ

 いまを生きる私たちにとって、文章に文書をキーボードへのタイピングによって作るのは、ごくごく当然の技術となっている(この一文もタイピングによって書かれています)。だが、この一句が書かれた昭和初期、タイピングは特殊技能のひとつであり、「タイピスト」は職業のひとつとなっていた。今のキーボードとは違って、打ち込むときに結構力を使うタイプライターを用いての作業。タイピングの正確性とスピードは当然のこと。一文字でも間違えたら、また一から打ち直し。日本語のみならず、ビジネス文書の定型は即座に使えるよう身につけ、日本語のみならず外国語での入力も求められる。それだけの特殊技能であったがゆえ、当時の女性の憧れの職業となっていたという。

 オフィスの一角で、続々とやって来る文書入力の注文をものともせず、「タイピスト」がタイプライターを軽やかに打ち込んでいる。その作業ぶり、傍目には一心不乱に見えているのだろう。そんな「タイピスト」の近くにはコップが置いてあり、薔薇の花が満開のときを迎えている。おそらく「タイピスト」が持ってきて、コップに挿しておいたのだろう。今が盛りとばかりに咲き誇る薔薇に、オフィスのほかの社員たちは、ひととき、ほのかな潤いを感じる。自分と「タイピスト」との距離が、ほんの少しかもしれないが、縮まったかもしれないとの気持ちを抱く。満開の薔薇のそばで「タイピスト」は軽やかにキーを打ち込み続ける。

 いまの私たちに、キーボードでのタイピングと同じように、オフィスでの勤務は当たり前のものとなっている。だが草城が保険会社に勤めていたこの頃、都市のビル内のオフィスは、勤めている本人たちにとっても、まったくの未知の空間であったことは想像に難くない。それだけに、外部の空気と隔絶されたオフィスで、満開の薔薇を見つけたときの喜びの大きさが、「ひらかしむ」の下五にはあふれている。その喜びは「タイピスト」が「ひらかしむ」との書き方によって、さらに大きなものとなる。まだビル内のオフィスという、都市が生み出した新しい空間の存在を、よくわかっていなかっただろう当時の読者にとって、満開の薔薇はこの一句を理解する大きな手掛かりとなったはずだ。もしかしたら、薔薇をオフィスに持ち込んだ「タイピスト」の姿も、読者側はありありと浮かべていたのかもしれない。

 満開の薔薇を間に挟んで、社員と「タイピスト」との距離はひととき縮まったかもしれない。しかし、社員と「タイピスト」の実際を、今の私たちは知っている。この一句が収められた句集『青芝』(1932年)の頃、草城は保険会社の庶務課の責任者だった(『日野草城全句集』年譜参照)。このあと草城は、保険会社で管理職を歴任する。俳壇から身を引いていた戦時下でも、勤務先では着実にキャリアを重ねていた。戦後、病気での退職がなければ、経営の上層部にいたかもしれない。一方、「タイピスト」の女性たちは、身に付けた特殊技能を存分に生かし、時にはうらやまれたりはしたが、草城のように管理職となり、オフィスでさらなるキャリアを重ねる機会は、まず訪れなかった。満開の薔薇は、男性社員と「タイピスト」の女性たちとの間の見えない壁の前にあって、ひととき咲き誇っていたのだった。
 

岡村 知昭(おかむら ともあき)
1973年滋賀県生まれ。「豈」「狼」「蛮」所属。現代俳句協会会員。句集『然るべく』(草原詩社)、共著『俳コレ』(邑書林)