特集「乙女ひととせ」の世界)山田航「書評」

書評 山田航
同志社女子大学日本語日本文学科編『俳句の眼をひらく 乙女ひととせの世界』

 同志社女子大学日本語日本文学科で二〇一二年度から始まった塩見恵介の授業では、毎年の成果を「乙女ひととせ」という冊子にまとめている。この授業をきっかけに俳句の面白さに目覚めた卒業生たちが、「乙女ひととせ」の番外編として毎月ネット句会を開催している。その句会の投句作品をまとめたのがこの書籍であるそうだ。

 坪内稔典門下である塩見恵介が講師だからということもあるのか、無理に文語体を使わず、季語も身近なものだけを選び、日常感覚を活かして詠む俳句が多い。

 またもう一つ印象的だったのは、学生短歌会でも見たことのある名前が何人かいたことだ。俳句と短歌の掛け持ち組がそこそこいるらしい。

早春やひんやり触れる犬の鼻  松尾唯花

 この松尾唯花は、「京大短歌」などに所属していたはずだ。「ひんやり」という口語的な擬態語を、犬の鼻の形容ではなく「触れる」行為の形容として用いているのが巧みである。

春一番バイトを辞めて恋をする  北なづ菜

 この北なづ菜も「同志社短歌」や「立命短歌」で名前を見たことがある。短歌の作り方だと「バイトを辞める」ことと「恋をする」ことに何らかの因果関係があることを示唆するように作ってしまいがちだが、俳句の場合はそこに因果関係があると取っても一切無関係だと取っても、どちらでも問題がない気がする。短歌と俳句の性質の誓いをしっかり認識して作り分けているように思えた。

サボテンの花が咲いたら嫁に行く  野平理紗子

 この句には「たら」という動かぬ因果関係があるように見える。しかし、ここで具体的な因果関係を考える意味はほとんどないように思う。この「たら」は、実際は「切れ」に近いのだ。口語俳句にはこのような新しい「切れ」の形が現れてきているのかもしれない。

初夏のキスより軽いハーモニカ  加藤綾那

 この加藤綾那は、塩見恵介の所属する「船団」に入って俳句を続けているようだ。ハーモニカの軽さが身体感覚として訴求してくるものがあって、甘いだけの句ではないことが伝わってくる。

五月雨やキャリーケースの足を拭く  村川歩里

 キャリーケースの足を拭くという地味な作業に着目しているところが面白い。評の中では指摘されていないが、初夏でキャリーケースというからにはおそらく就職活動のために泊りがけで東京を歩き回っている状況なのではないだろうか。

チョコモナカジャンボバリバリ金曜日  奥田祐子

 商品名の軽味と勢いのある語感が噛み合っていて印象的な句。金曜日であることも、週末を楽しむ英気を養おうという状況がイメージできて良い。

秘密やで蝉の抜け殻歩いてたん  窪田理恵

キンモクセイふられたとこを見ていたな  阪中梨沙

あとで返してね雪華のトゥシューズ  三好桜子

 関西弁だったり会話体だったり方法は様々だが、口語俳句も多く試みられている。

 私も大学で短歌実作の講義を担当しているが、基本的に現代の人文系学生の大半は小説を文学の入口としているため、短歌であってもストーリー的な作り方で教えるとすぐに伝わりやすい。しかしその教え方だけだと、隠喩を主体としたアンチ・ストーリー的な韻文の魅力はむしろ伝わりづらくなってしまう難しさも抱えている。「乙女ひととせ」の句会を主体とした教え方は、ストーリー的な作り方に傾きすぎず、かといって難易度を上げ過ぎもしないちょうどいいラインなのかもしれない。

 これまで学生に短歌を教えてきた経験上、元来読書量の多い学生はすぐに適応して良い歌を出してくるが、後が続かないことが多い。一方であまり読書量が多くなくても、アンチ・ストーリー的な作り方の面白さを知ってくれた学生は、継続して作り続けてくれるという実感がある。自らも書き手に回ってもらうためには、ストーリーだけでは限界があるのだ。

 「乙女ひととせ」は、学生に継続して定型詩を作らせ続けるにはどうしたらいいかという課題にヒントをくれている一冊になっている。


山田 航(やまだ わたる)
歌人。1983年生まれ。札幌市在住。北海学園大学、清泉女子大学非常勤講師。歌集に『さよならバグ・チルドレン』(現代短歌クラシックス)など。近刊に『前田夕暮の百首』(ふらんす堂)。