関西現代俳句協会

会員の著作(2014年事務局受贈分)

  句集

『やまうど』

忍 正志

私家本 2014年5月1日発行



 忍さんは第一句集『忍冬すいかずら』を一九九一年に出版している。その後、『ひまわり』、『虹蜺にじ』『新生期』『泡沫うたかた』と五句集を上梓し、今回の『やまうど』で六つの句集を世に問うたことになる。創作への意欲と勤勉な姿勢には改めて頭が下がるが、氏はその過程で一貫して「人間の生と心」を見つめ続けてきたようだ。「喜怒哀楽を乗り越えて」、「生き抜いてゆく」、「共鳴したい」といった言葉が先の句集のあとがきなどにも見受けられるが、それはその端的な現れであろう。また俳句を作る時、氏は「人聞を詠む」とか「心の叫び」という言葉をいつも念頭においていたようだが、それは私達の師、宮崎重作の口癖でもあった。重作は、戦前度重なる召集を受け、中国や南方を転戦し、捕虜生活を経て帰還した気骨の人だった。その人間観や生命観から生み出される俳句には、生きる底力とでも言うべき迫力が漲っていた。経済成長以後の社会で軟弱に育った私などには、理解はできても敬遠しがちな創作理念であったが、忍さんはそれに深く共鳴し、人間の生き様や人生観、そこに渦巻く感情の数々に真撃に向き合おうと努力を重ねてきたようだ。そのことは今回の句集の作品にも伺うことができる。

  わが影を踏む短目の橋近く

  時の日に心奥の鍵盗まれり

  鍵の穴から夕立雲を捜ね見る

  冬日とは誰にも言わぬ誕生日

  彼岸花往時の鬼の隠れ里

  錦秋の天を欺く鬼瓦

  青蛙夜来叫びて目が覚めて

  焼け跡に逃げて逃げたよ青トマト

  高速道沈む秋陽に向かって走れ

 いずれの句もやり場のない感情に満ちている。冷たい土を踏む影に、自分の生命と存在とを見つめている夕暮れ。閉ざした心を救う唯一の手掛かりを奪われてしまった時間の経過。重く拡がる積乱雲を見上げるように、暗い何かを求めてしまう自分への嫌悪感。日常の折々に出現する悲しみがノスタルジックな写真のように描かれている。

田中信克・・・・・「序にかえて ―ひとりの思いが掴んでゆくもの―」より


 二〇〇七年から描き溜めてあった俳句を、ここに活字にしておこうと思い、生涯で最後かも知れないと思いつつ、ごく内輪だけに配布のつもりで句集を作った。(中略)句集名を「やまとに独り活きる」(「うどの大木柱にならず」と言う)と言う意味を込めて「やまうど」とした。

忍 正志・・・・・「あとがき」より


○発行者

 忍 正志

○制作 印刷

 喜怒哀楽書房

 (限定非売品)

◆句集『やまうど』: 忍 正志(しのぶ・まさし)◆

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