関西現代俳句協会

■2021年9月 青年部連載エッセイ

生き物の生態と季語(4)
トケン

クズウジュンイチ


 ホトトギスは道元禅師の「春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷しかりけり」の頃より詩歌の世界では重要な夏の鳥、当然俳句の世界でも例外ではない。
 「時鳥」「不如帰」など様々に表記されるが、漢語表記では「杜鵑」である。これを「トケン」と音読みすることは俳句ではあまりないのではないか。しかし意外にもこの「トケン」という呼び名がバードウオッチングの世界では通用する。

 ただしバードウオッチングでの「トケン」はホトトギスであることを意味しない。ホトトギスを含むカッコウ科の四種、つまりホトトギス、カッコウ、ツツドリ、ジュウイチをひっくるめてトケンである。
 なぜそうなっているのかは定かでなく、わたしも知らず知らずのうちに使っているのだが、ジュウイチを除く三種の識別は極めて難しく、余程詳細に観察できなければほぼ不可能といえる。
 そのため、多数派のホトトギスに代表させて「トケンの仲間」と言い慣わしたのではないかと推測する。

 さて、このトケン四種は良く知られている通り托卵の習性がある。つまり自分で子育てをしないで別種の鳥に育てさせるのである。
 そのため、鳥類全般に見られる縄張り争いや巣作りといった繁殖のための事前準備は全くの不要であり、渡来時期も遅い傾向がある(ちなみにカッコウ科の鳥で日本に通年生息するものはいない)。
 わたしの居住する群馬県では五月の中旬以降に渡ってくるようで、これはその他の夏鳥と比べて一か月程度遅い。托卵相手の繁殖準備が整ったところで満を持してこれらの生息するエリアを目指して渡ってくるのだ。

 居住地にもよるのだが、トケン四種のうちカッコウとホトトギスの鳴き声は聞いたことがある人が多いのではないか。これは前述の托卵相手の生息域が大いに関係している。
 比較的身近なこの二種の「トケン」、ホトトギスが主に托卵相手としているのはウグイスである。ウグイスは笹薮や灌木の茂みに営巣するが、こういう環境は低山地に多い。従ってホトトギスは中山間地、山里に多い鳥である。
 カッコウは主にオオヨシキリに托卵するが、それ以外にもモズやオナガに托卵することもあり、いずれも平野部の河川敷などに多い鳥である。カッコウと言えば高原で囀っているイメージが強いが、それは唱歌「静かな湖畔」の影響であり、前述のとおり広い河川敷などで見られることが多い。

 この二種に比べて、見るまたは囀りを聞く機会が少ないのがツツドリとジュウイチである。これらも季語として立項されているほどなのでよく知られた鳥なのだが、平野部ではまず目にすることはない。それは托卵相手が山の鳥であることに起因する。
 ツツドリは竹筒を掌で叩いたときのポポンポポンという音と似た声で鳴くことからこの名がある鳥で、山地性のセンダイムシクイに托卵する。ジュウイチはさらに奥山に生息し、托卵相手はコルリとオオルリである。オオルリは低山から山地に分布、コルリは完全な山地性なので当然見る機会は少ない。

 この棲み分けについては諸説あるようだが、各種のトケンが産み落とす卵の形状や色彩によって、托卵相手に見破られにくいものに収斂したと考えられる。
 托卵のメカニズム。本来の巣の主たる小鳥たちは複数個の卵を産み、抱卵している。二週間程度で孵化することが多い。トケンたちの卵はこれらの卵よりも孵化にかかる日数が短い。
 そのため、うまくこの巣の中の卵に自らの卵を紛れ込ませることができれば、一足先に孵化するヒナが他の卵を巣から落として托卵体制が完成する。もうこうなってしまうと托卵相手の小鳥はトケンのヒナを自分の子として育てるだけである。自分よりはるかに大きい巣からはみ出すほどのヒナを疑うことなく育てるのだ。

 もう一点、托卵成功のための重要な条件がある。それはいつ卵を産み付けるか、ということである。抱卵期の鳥は通常巣を離れることなく卵を温め続けている。この親鳥に見つからないように産み付ける、しかも抱卵を始めて日数が経過していないタイミングに限定となると至難の業と言える。
 この難関をクリアするのに一役買っているのが、トケンのシルエットである。
 そもそも、これらトケン四種はハト程度の大きさがあり托卵相手の小鳥より相当大きい。この大きさの鳥は存外少なく、羽が横長で尾の長いシェイプと相まってハイタカやオオタカなどの猛禽類と誤認させることができる。
 小鳥にとって最も危険な天敵はタカであり、これを忌避するために巣から一瞬離れてしまうことも当然起こり得る。このタイミングを狙ってすばやく卵を一つだけ産み落としていくのである。

 ただし、托卵は必ず成功するわけではない。卵の段階で気づかれた場合は速やかに取り除かれてしまう。あえなく失敗のパターンである。
 これが前述の棲み分け、すなわち托卵相手に見抜かれないためのそっくりな卵を産む進化につながっている。例えばジュウイチの卵はやや大きいものの薄いブルーで、托卵相手のコルリの卵と非常によく似ている。
 この托卵の残酷さはトケンあるいは小鳥のいずれかが育たないというゼロサムの性質にある。

 仮に一緒に育っていくならば人間の感情として美談として受け止めるだろう。しかしそれはかなわない。理由は簡単でトケンは大きすぎるのだ。
 小鳥は一回の繁殖で数羽のヒナを育てるが、問題なく給餌することができる。この数羽分のエサを独占しないと成長できないというアンバランスが原因だ。それでも、托卵をする側は決してされる側の数を超えることはない。この均衡が進化の過程、生存競争の中で自ずと定まった神の意思なのだろう。

 

生き物の生態と季語(4)トケン

クズウジュンイチ
1969年7月21日生。群馬県高崎市出身在住。早稲田大学教育学部国語国文学科卒。「奎」「いつき組」。日本野鳥の会会員、群馬県鳥獣保護管理員。晴れていればほぼフィールドに出ている。

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