平成23年度忘年会&第36回句集祭 日 時 : 2011年12月3日(土)、15時20分〜19時40分 (豊田都峰会長と宇多喜代子顧問) 1.句集祭(15時20分〜17時20分、20階 名庭Aの間) 三十六年目を迎えた関西の「句集祭」 十二月はじめの三日と言えば、気の早い商店街にジングルベルのメロデイが響く気ぜわしい頃であるが、この頃関西現代俳句協会では毎年「忘年句集祭」が開かれる。既に三十六年間途切れることなく続けられてきた、冬の季語にしてもおかしくないと言われるほど長く続いた関西の恒例行事である。 この「句集祭」はその年発行された句集やエッセイ、画文集など関西の会員の力作や処女作ともいうべき俳句中心の作品集を事務局でお預かりして、会場のホテルに展示し、その発表を出席者全員で祝う大切な行事である。かっては何十冊も展示され、発表にずいぶん時間がかかったと聞いたが、昨今はその何分の一かというくらいの寥々たる数ではある。にもかかわらずこのような時期に敢えて出版し、俳人たる心意気を示された出展者の喜びを会員としても誇りに思うと同時に賞讃したいというのもまた人情であろう。 そのような主旨で四十年近く前にこの「句集祭」を発案された先輩俳人にも感謝したいところである。 さて、今年の出展作品は二十五冊、昨年より大幅な増加だ。これらの作品は発行の都度、事務局に届けられ、ホームページに掲載したものである。 「忘年句集祭」は、この日、十二月三日から関西での行事の主会場として決めたJR 大阪駅の“ホテルグランヴィア大阪”で開催された。午後二時からの理事会では、事務局の尾崎の司会のもと、来年十月二十七日にこのホテルで開催する「第四十九回現代俳句全国大会」への協力のお願いを、実行委員長である豊田都峰会長より訴えられた。また東京の事務局より連絡のあった東北大震災における会員への義援金の呼びかけ等の議事を行った後、吉本伊智朗副会長の締めくくりの挨拶の後、 いよいよ待望の「句集祭」を開始した。参加はいつもより少なく七十三名である。過去の墨書による出展者代表句の発表は、本日よりパソコンによる映写発表に切り替えた。パソコン操作及び司会は前田霧人広報部長が担当した。 句集祭の進行は先ず作者の作品と名前の紹介から始まったが、出展者で参加されたのは十六名であった。次いでホームページに掲載した著作の中で不参加者もすべて紹介したが、今年の出版の後に逝去された方二名も併せて紹介し、ご冥福を祈った。 さていよいよこれからが本番である。先ず藍俳句会の近藤詩寿代さんによる披講があり、画面には大きく句集等作品の表紙が映され、それに添えて作者自薦の一句が大きく発表された。これを背景に十六名の出席者を順番に指名し、句集等上梓の心境や作者のお礼などを語っていただいた。中には第九句集出品の豊田都峰会長や第八句集の吉本伊智朗副会長、句集や評論のベテランの和田悟朗顧問のエッセイや、毎年のように出品のある宇多喜代子顧問の句集など、まさに多士済々の趣である。勿論今回が初めての出品という会員も多々あり、関西における出版風土の底力を見た感じであった。二時間の句集紹介の後は小泉八重子副会長の挨拶で終わった。
2.忘年・懇親会(17時40分〜19時40分、20階 名庭Aの間) 三幕目の舞台はお待ちかねの懇親会である。司会は尾崎と桑田次長が務め、豊田会長の歓迎の挨拶、恒例の和田悟朗顧問による乾杯に始まり、宇多顧問のご挨拶や懇談と食事等、今回はいままでの立食形式から椅子席でのコース形式の食事に切り替えた。これは会員の年齢や各自で料理を取る煩わしさを懸念しての配慮であったが、これが意外にも出席者のお気に召したようで、これからもぜひこの形式でとの声が聞かれた。全国大会もそうしたいと考えている。お蔭で定刻まで席を立つ方も少なく、若森京子副会長の挨拶をもって七時間に近い今年最後の行事を締めくくった。(尾崎青磁・記) ◆ 平成23年度忘年会&第36回句集祭のアルバム ◆ (豊田都峰会長による句集祭開会の挨拶) (句集祭の披講者、近藤詩寿代さん) (句集祭の模様、左前方におられるのが出展者の皆さん) (句集祭の模様、熱心に聞き入る参加者の皆さん) (句集祭の出展作品) (懇親会の模様) |
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