関西現代俳句協会

2020年2月のエッセイ

学生結婚と情熱と言葉

衛藤夏子

 毎年、12月、自分への1年のプレゼントとして、本屋さんで本を買うことにしている。日頃は、図書館で借りたり、手軽にアマゾンで買ったりするのだけれど、師走のはじめ、本屋さんで、その年の数冊を選ぶ。
 この習慣は、知人の元北新地のママさんから、年の瀬に、祇園に着物や小物を自分自身への褒美として買いに行くという話を聞いて、いいなあ、と思い、わたしも5年前から始めた。彼女に比べると、ずいぶん安上がりの女だけれど、街の大きな本屋さんで買っておいた本を、綺麗に包装されたのを紐解き、冬休みに読むのは、わくわくと楽しい。

 今年の1冊は、ルシア・ベルリン著・岸本佐知子訳の『掃除婦のための手引書』にした。2004年に68歳で亡くなったルシア・ベルリンは、生涯76の短編を書いた。生前は無名のアメリカの作家だ。彼女の小説は、ほぼ全てが実人生に材をとっている。3度の結婚離婚をして、4人の子どもをシングルマザーとして育て、アルコール中毒と闘いながら、掃除婦、学校教師、刑務所の講師、電話交換手、ERの看護師として働いて、生きた。
 本著は、24編の短編を納めている。アラスカで鉱山師だった父親のもとで生まれ、アルコール依存症の母親とチリ、メキシコに渡り、アメリカ各地で暮らした経験を土台にした小説は、彼女の行動力や物事の感じ方、台詞が破天荒で情熱的で面白い。

 人生は理不尽なことが多い。辛いことがあったり、思うようにいかなかったり、意地悪な人がいたりする一方、優しい助けがあったり、サプライズがあったりもする。ひとかけらの希望は案外、近くに落ちている。だから、人生は捨てたものじゃないよ、と読み終わったとき、気づかせてくれるような本だった。
 ルシア・ベルリンは、大学在学中に最初の結婚をして、2人の息子をもうけている。学生結婚だったんだ、と知ったとき、奇妙な御縁を思いだした。

 わたしが文藝を学んでいくなかで、今まで3人の先生に影響を受けた。28歳の時、1年間、文章講座を受講した藤本義一先生。44歳の時、初めて入った結社の後藤立夫先生。46歳の時、「船団の会」に入会し、俳句の楽しさを教えてくれた坪内稔典先生。御縁を頂いた先生方には、楽しい思い出や物事の観方を授けていただき、感謝しかないが、偶然にも3人の先生たちには共通していることがあった。

 出身地も環境も文藝に対する思いも態度も違う3人の先生たちだが、学生結婚している点が同じだった。しかも3人とも25歳のときだ。ルシア・ベルリンと違って、3人の先生たちは素敵な伴侶を得て、その後幸せに暮らしているが、学生結婚に踏み切る情熱のようなものこそ、文藝に生きる人には必要なのかもしれない、と思う。なぜなら、むきだしの言葉、その人にしか語られない言葉、真実に響く言葉、一方で日常をちょっと超えたところにある詩情の言葉、ユーモアのあふれる言葉は、計算して書くというより、むしろ情熱のある人の方が紡ぎやすいものだと思うから。

(以上)

◆「学生結婚と情熱と言葉」:衛藤夏子(えとう・なつこ)◆

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