2020年2月のエッセイ学生結婚と情熱と言葉衛藤夏子 毎年、12月、自分への1年のプレゼントとして、本屋さんで本を買うことにしている。日頃は、図書館で借りたり、手軽にアマゾンで買ったりするのだけれど、師走のはじめ、本屋さんで、その年の数冊を選ぶ。 今年の1冊は、ルシア・ベルリン著・岸本佐知子訳の『掃除婦のための手引書』にした。2004年に68歳で亡くなったルシア・ベルリンは、生涯76の短編を書いた。生前は無名のアメリカの作家だ。彼女の小説は、ほぼ全てが実人生に材をとっている。3度の結婚離婚をして、4人の子どもをシングルマザーとして育て、アルコール中毒と闘いながら、掃除婦、学校教師、刑務所の講師、電話交換手、ERの看護師として働いて、生きた。 人生は理不尽なことが多い。辛いことがあったり、思うようにいかなかったり、意地悪な人がいたりする一方、優しい助けがあったり、サプライズがあったりもする。ひとかけらの希望は案外、近くに落ちている。だから、人生は捨てたものじゃないよ、と読み終わったとき、気づかせてくれるような本だった。 わたしが文藝を学んでいくなかで、今まで3人の先生に影響を受けた。28歳の時、1年間、文章講座を受講した藤本義一先生。44歳の時、初めて入った結社の後藤立夫先生。46歳の時、「船団の会」に入会し、俳句の楽しさを教えてくれた坪内稔典先生。御縁を頂いた先生方には、楽しい思い出や物事の観方を授けていただき、感謝しかないが、偶然にも3人の先生たちには共通していることがあった。 出身地も環境も文藝に対する思いも態度も違う3人の先生たちだが、学生結婚している点が同じだった。しかも3人とも25歳のときだ。ルシア・ベルリンと違って、3人の先生たちは素敵な伴侶を得て、その後幸せに暮らしているが、学生結婚に踏み切る情熱のようなものこそ、文藝に生きる人には必要なのかもしれない、と思う。なぜなら、むきだしの言葉、その人にしか語られない言葉、真実に響く言葉、一方で日常をちょっと超えたところにある詩情の言葉、ユーモアのあふれる言葉は、計算して書くというより、むしろ情熱のある人の方が紡ぎやすいものだと思うから。 (以上) ◆「学生結婚と情熱と言葉」:衛藤夏子(えとう・なつこ)◆ |
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