関西現代俳句協会

2017年8月のエッセイ

大いなる未完の人

藤川游子

 今、世界的に活躍している音楽家、佐渡裕さんのことが、ずっと気になっていた。
 見るともなく見ているテレビに彼がよく話題をもって出演されている機会に出逢う。
 身長187センチ、体重83キロの人、これは最初に認識した情報であった。
 バーンスタインの最後の弟子と聞く。兄弟子には小澤征爾氏がいらっしゃった。
 佐渡さんは今日、この小澤氏を師事して居られる素晴らしい世界的な指導者である。

 2008年、「題名のない音楽会」の5代目の司会者として、オリジナル企画を見られたり楽しませて頂いてきたが2015年頃だったろうか、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団から客員指揮者として招かれたのを機に退められることになった。
 別の日、テレビの取材班と共にベルリンの旅に赴かれた。

 たまたま、その放送を見届ける機会に恵まれ、ベルリンフィルの練習会場で佐渡さんと共に個々の練習風景が映し出されていた。
 指揮者は少しばかり緊張されていた空気であったがしばらくしてマンションの階段を映し出された情景に佐渡さんの声がした。

 今、到着しましたのは僕がこれから滞在するマンションの階段です。いつも長期間の滞在の折にはマンションを借りることにしています。
 部屋に入ると窓をひらき、外の景色を紹介して下さった。
 ひろびろとした風景が目に入り、心地よさそうな風を感じた。この下の景色を見たら、わかるでしょう。あれがさっきまでいた練習会場ですよ。このマンションとは目と鼻の距離でしょう。ケンケンしてゆけるとこですわ。私はどこへ出張するときも練習場に近いマンションを借りるように決めてますねん。

 ハッハハハ!!と笑った時、「佐渡裕やあ」と確認した。遠い国ベルリンフィルのメンバーと交わる時間を重視する彼の心の幅、伸縮自在感を捉えることが出来た。しかもどこへ行っても関西弁の佐渡さんは素晴らしい。

 私が今、ケンケンをして行けるところは一体どこになるかと見渡してみた。
我家から見える桜の木は1丁目から2丁目までの並木道、3丁目までは届かない桜並木の道があった。佐渡さんの心意気を一句に。

    桜咲くケンケンをして辿るかな

異国で語る佐渡さんの関西弁には叶わない。

 私が中学1年生になった時、1年上級の担任だった数学の先生が佐渡先生だった。そして音楽の先生に声楽家の斉藤つた子先生を思い出された。
 私たちが卒業するときは何事も起きなかったが、1961年5月に佐渡先生と斉藤先生の間に次男として生れて来られたのは佐渡裕さんであった。

(以上)

◆「大いなる未完の人」:藤川游子(ふじかわ・ゆうこ)◆

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