関西現代俳句協会

2014年1月のエッセイ

日本から初夢を

尾崎 青磁

 事務局から正月のホームページの原稿を書けと言う依頼が舞い込んだ。元日から掲載と言うことなので目出度い題がよかろうと、月並みではあるが想像力の広がる「初夢」と決めた。これなら季題でもあるし、俳句にはまあふさわしいと言えるだろう。

    初夢に吉の疑い無かりけり     松瀬 青々

    初夢になにやら力出しきりし    岡本  眸

 「初夢」と言えば日本には昔から「一富士・二鷹・三茄子」と相場が決まっているが、どれも仇討が原因の物語である。しかしそれが目出たいことと言うからはなはだ現代的ではない。

 先ず富士山。富士山は昔から日本の象徴である。昨年のユネスコの文化遺産登録以来、その秀麗な姿は世界中に喧伝されたが、その背景には万葉の名歌以来富士を題材にしたおびただしい古典文学の作品があり、俳句もその一つだ。

 私はドナルド・キーン先生に、日本の古典についてその著書から多大の示唆を頂いた。先生は「今も未来も守るべきもの、それは日本語です。」と言われ、「日本の国語教育では古典は受験勉強のために文法から教えると聞くが、それは間違いで先ず現代語訳から読み始めて、物語の美しさそのものを理解すればよい」と強く教えられた。そこで昨年末、今まで読まずにいた『源氏物語』を、寂聴訳でようやく十巻読み終えた。そして私はこの年まで『源氏物語』を読まなかった不明を恥じた。その反省もあってこれからでも遅くないから日本の古典の山裾に一からでも取り付き登りたいと思っている。

 「初夢:1」日本の最高峰であり、文化の頂点でもある富士山の高みを仰ぐ
       ように、日本の古典に触れる年になった。

    元旦や一系の天子富士の山     内藤 鳴雪

    初富士やふるさとの山なべて侍す  藤田 湘子

    初富士やその姿こそとこしなえ      青磁

 続く初夢は「鷹」である。鷹はその爛爛たる目を輝かせて獲物を狙う。俳人である皆さんは絶えずよき獲物としての句材を求めておられることと思うが、我ながらと云う句はなかなか見つからない。私の師であった故堀葦男先生は「俳句は授かりものだ」と言われたが、よほど神に見放されたものかそんなに嬉しい結果は滅多に出ない。

 前項でお話したドナルド・キーン先生は、昨年協会から現代俳句大賞を受けられた。日本古典文学に精通された、いわば碩学とも言うべき日本文学者である。私は一読者としてではあるが先生の著書から多くを学ばせて頂いた、いわば私淑する立場だが、あの東北大震災を機に同じ日本人として再出発されたそのお人柄には深い敬意を払っている。その後、幾度かの文通を通じて更に尊敬の念を禁じ得ず、先の第50回の全国大会ご出席の折にお目に掛かり、お話できたのは誠に光栄であった。先生の日本古典文学に対する深い思いや、その結果としての膨大な作品群は、まさに獲物をしっかり捉えた鷹を彷彿とさせてくれる。

 「初夢:2」富士の高みにはいささかおぼつかないが、それに近い視点から
       鷹になったつもりで日本古典や文化の森に分け入った。

    夢はじめ現はじめの鷹一つ      森 澄雄

    鷹一つ見付けてうれし伊良古崎      芭蕉

    国敗れたりし山河を鷹知れり    阿波野青畝

 三番目の「茄子」はインド原産と言われている。そんな昔に誰が日本へ運んだのだろうか。奈良時代の渡来僧あたりだろうか。ここにロマンを感じるのは私だけではないだろう。だから日本でも千年の栽培の歴史があるそうだ。インドの畑から日本の畑へ、その地に根を張った存在はこの国を大きく育んでくれている。

 今、日本はさまざまな困難に直面している。平和はもちろん大切だが、それとてもしっかり二本の足で立つ大地があってのこと。こんな時にこそ全地球人を挙げて困難に立ち向かうべきだが、地球には自分さえよければと言う考えもまだ存在する。経済や政治問題が行き詰ったこの地球では、次の夢として文芸やもっと広く文化の力でかけがえのない地球を復興させることが期待されている。まさに脚下照顧であろう。

 「初夢:3」文化の力に明日の地球の発展を見る。日本がその発信の先頭
       に立つことになった。これが私の「初夢」だ。

    夢よりも貰ふ吉事や初茄子        蕪村

    初寝覚今年なさねばなすときなし  中村草田男

    夕焼けの海せりあがる茄子の紺   阪本 謙二

 キーン先生は「別の文化に接して、最初は違和感を抱くことでも、自然に自分の一部になっていく。」とも「人間が憎悪を忘れて、お互いに美しいものを作ることが出来たら、素晴らしい世界になる。」とも言っておられる。これが人間の本来の姿ではないだろうか。そのために先ず日本の文化を世界にどんどん発信する必要がある。私は日本の文化には世界に類の無い優れたものがあると信じている。それを広く海外に伝え得た時こそ、地球は豊でしかも喜びに満ちた存在になる・・・日本がこの夢を発信することを望みたいものだ。

    初富士や胸張って往く日本        青磁

    初寝覚め行く道しかと確かめる

    初夢や文化に勝る未来なし

(以上)

*キーン先生のことばは『私が日本人になった理由』より引用させて頂きました。
 尾崎

◆「日本から初夢を」(にほんからはつゆめを):尾崎 青磁(おざき せいじ)◆

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