関西現代俳句協会

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7月1日
青年部のページを更新しました。
7月1日
今月のエッセイに、横田明美さんの「レオン」を掲載しました。
6月25日
青年部のページに第六回 関西ゼロ句会(8月4日)のお知らせを掲載しました。

2019年7月のエッセイ

レオン

横田明美

 去年愛猫レオンが死んだ。暑さが遠ざかり始めた秋雨の降る朝、魂が体から抜け出していくような小さな息を「くぅぉー」と吐いて16才の命を閉じた。瘠せて尖った骨が憐れであったが最期は安らかだった。覚悟はしていたのでペット葬に伴う準備もすぐに出来た。保冷箱に眠るレオンの体を撫でながら夫と二人涙に暮れた。娘や親戚が生駒の地に駆け付け、関東住まいの息子たちは其々の地で悼み悲しんだ。「たかが猫一匹、されど」である。

 レオンはアメショの牡で「義母を亡くしたばかりの義父を慰めるため」と言う娘の提案で飼い始めた。優しかった義父が100才で亡くなるまでの4年間、一番の仲良しとして役目を果たし、「猫と爺さん」のほのぼのした姿を見るにつけ、私たちも心を和ませた。私は句材に困った時、レオンを観察して俳句を作った。人間の都合で去勢され、室内で生涯を過ごしたレオンは幸せだったのかな、とふと思う。今レオンはピアノの上の写真立てに納まり、夫と私の暮しを見詰めている。遺骨は、座敷の義父母の仏壇の真向かいの南庭に深く埋められ、花に囲まれ、時折線香の煙が辺りに漂っている。

 レオンを飼い始めた頃、内田百閒の「ノラや」を読んだ。失踪した猫「ノラ」を探し続ける話が最初から最後まで延々と続く。知人友人はもとよりあらゆる情報網を使い、泣きながら奔走、似た猫が埋葬されたと聞くと墓まで掘り返す。その狂気の膨張に唖然とした。その後「クルやお前か」では「ノラ」の後釜の猫「クルツ」の最期の様子を延々と書いている。我が家のレオンの最期の光景にそっくりだが、百閒先生よりは私の方が理性的だと思う。

 佐藤春夫も「愛猫知美(ちび)の死」という短編で「親、兄弟、師匠、友人らの死を悲しみはしたが涙は流さなかった。それが猫の死に対してだけがこんなに多くの涙が流れるのが自分でもどうしてもわからない」と、我が涙に戸惑っている。大文豪でさえそうなのだから、私たちも理性云々と言わず、涙枯れるまで泣いていいのだ。

 平安時代の貴族の間では猫は大切にされていたようである。「枕草子」には「うへにさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければかしづかせ給ふが」とある。「かうぶり」とは叙爵で、この「命婦のおとど」なる猫は従五位に叙せられている。それに比べ、この猫を怯えさせた犬の翁丸への仕打ちはひどいものである。

 「源氏物語」では、柏木と女三の宮との不倫、不幸のきっかけとなる重要な役を女三の宮の愛猫「唐猫」が演じる。この猫も繋がれ大切に飼われている。

 猫を詠んだ俳句は山ほどあり、犬より多そうである。人に媚びず気儘に誇り高く生きているように見える猫の生態が俳人の心を掴むのだろう。人は猫の心を勝手に解釈し、哲学者めいたものを感じたりもする。

    何もかも知つてをるなり竈猫       富安風生

    薄目あけ人嫌ひなり炬燵猫        松本たかし

 先日、図書館の「古本まつり」に不要になった「猫」関連の本を沢山持ち込んだ。欲しい人が自由に持ち帰るのだ。翌日行くと全部無くなっていた。どこかで役立っている事が嬉しく、また猫のいる家庭が羨ましくもあった。

 義父亡き後、子どもたちが巣立ち二人きりになった夫婦の心をレオンは慰め、離れて暮らす家族の絆をも深めてくれた。今もその思い出は私たちを癒し、心を優しく穏やかにさせてくれている。

    春眠や猫やはらかく抱き直す         明美

(以上)

◆「レオン」:横田明美(よこた・あけみ)◆

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2019年

タイトル 作 者
6月 茨木市、一つの俳句史 藤井なお子
5月 俳句に気を許す 塩見恵介
4月 あるコンサートで思ったこと 吉田成子
3月 初学のころ 久保純夫
2月 便船塚 おおさわ
ほてる
1月 観光公害 宇多喜代子

◆2018年

タイトル 作 者
12月 新とか旧とか 小林かんな
11月 三種の神器 出口 善子
10月 「卒業」の話 野住 朋可
9月 ヒロシマの首飾り 花谷  清
8月 朱夏のネアンデルタール人 柳川  晋
7月 一人がため 曾根  毅
6月 兜太氏と秩父の思い出 桂  凜火
5月 選のチューニング 小池 康生
4月 高野素十のコントラスト視点 橋本小たか
3月 式年開帳 蔵田ひろし
2月 わたしの俳句観 平田 繭子
1月 炉話のこと 宇多喜代子

◆2017年

タイトル 作 者
12月 私が『鳥取の俳人 尾﨑坡酔』を出したわけ 小山 貴子
11月 俳句と私 桑田 和子
10月 句集のすすめ 外山 安龍
9月 松茸 西原 和孝
8月 大いなる未完の人 藤川 游子
7月 近頃、俳句に思うこと 米岡 隆文
6月 悪筆三銃士 藤本  晉
5月 「丹波百谷」俳句の今昔 大谷 茂樹
4月 おいしいアニミズム 三好つや子
3月 小海線のおにぎり 大城戸ハルミ
2月 はじめて通る道 谷川すみれ
1月 旅をする蝶 吉田 成子

◆2016年

タイトル 作 者
12月 命綱の結び方 花谷  清
11月 初学のこと 丸山 景子
10月 チョコを食べるのをやめてしまった 久留島 元
9月 灸花 志村 宣子
8月 野風呂岬を訪ねて 鈴鹿 呂仁
7月 弘前城の曳屋工事と甥の結婚式 綿貫 伸子
6月 技能・芸能の霊性と歴史性 熊川 暁子
5月 芭蕉終焉の地 森  一心
4月 近江富士 村井 隆行
3月 イチローと多作多捨 木村オサム
2月 田圃のことなど 久保 純夫
1月 手間暇ということ 宇多喜代子

◆2015年

タイトル 作 者
12月 堺大仙公園の日本庭園平成曲水の宴 谷下 一玄
11月 難病と闘いながら 政野すず子
10月 島の眺め 田宮 尚樹
9月 神戸北野坂界隈とジャズ 西川 吉弘
8月 豊かな時間 西谷 剛周
7月 戦後70年に思うこと
―飾らず、逞しく生きたい―
藤井冨美子
6月 住み心地のよい雑居ビル 辻本 冷湖
5月 生存証明 出口 善子
4月 集中治療室 小泉八重子
3月 それそれ神 辻本 孝子
2月 十年日記 森田 智子
1月 十二月のスーパーマーケットで 宇多喜代子

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年