関西現代俳句協会

関西現代俳句協会トップページ


8月15日
青年部活動報告のページに勉強会「句集はどこへ行くのか」のレポート「出会いで終わるとは思えない」へのリンクを掲載しました。
8月8日
会員の著作に、内田茂さんの『管制塔』を掲載しました。
8月7日
青年部のページに第2回 関西ゼロ句会(8月19日)のお知らせを掲載しました。

2018年8月のエッセイ

朱夏のネアンデルタール人

柳川 晋

 十数年前、中沢新一氏の『カイエ・ソバージュ《野生の散歩》』5部作を読んでいた。今から8千~1万年ほど前、地球上のいくつかの地点で新石器の革命が起こった。現生人類(ホモ・サピエンス)のライバル、ネアンデルタール人は現生人類よりも巨大な大脳を有していたにもかかわらず、現生人類が得意とする象徴的な思考を自在に働かせるためのニューロン組織が未発達であったので、例えば親族関係のことを扱う大脳の部分は、見たものが食べられる植物か毒のある植物かを区別して認識して記憶する大脳の部分との間に繋がりを持つことが出来なかったという。

 ところが現生人類の脳内には革命的な変化が起きていたので、それまで別個の(大脳の中の)小部屋におさまっていたニューロンが、その小部屋の隔壁を越えて外の領域とのつながりをつくりだし、そこを通って異なる領域を横断していく流動的な知性が動き始めることが出来るようになったのだという。

 つまり、しとやかな女性に会った時に「あなたはシクラメンのような方ですね。」ということのできる表現が生まれた(「月並み表現!」と言う勿れ)。人間が知っているあらゆる言語は、隠喩の軸(パラディグマ《代置・選択←筆者注》軸)と換喩の軸(シンタグマ《陳述・統合←筆者注》軸)の組み合わせとしてできあがっており、それ以外の言語はないのだそうだ。言語は人間の象(しるし)と言われるが、もっと正確に言えば、言語を可能にしている「比喩」の能力こそが人間の徴(しるし)であり、それを可能にした流動的な知性の働きこそ、もっとも根源的な人間的の徴(しるし)である、と氏は述べている。正に「ハイブリッド」な能力、そして隠喩と換喩の働きだけで、まとまりのある意味を生み出す言語活動、それが「詩」。

 このあたりまで読んで、日本人には俳句があるじゃないか!と気がついた。これが筆者の俳句(再)入門のきっかけだった。その時、偶々門を叩いた俳句結社「槐」の標榜するテーマ、「俳句は精神の風景」。ストンと胸に落ちた。

   酔うてゐてすとんと酔うや鳰のこゑ  岡井省二 句集『明野』

   客観に主観をかけるかき氷      高橋将夫 句集『真髄』

 人類が最初に言語を持った地点に降り立って言葉を編んでみたい、或いは初めて浅瀬から陸地に上がった水棲動物の目で世界を見てみたい、これが筆者が今でも俳句を続けている根源的な欲求だと思う。

 ところが最近放映されたNHKスペシャル『人類誕生』第2集「最強ライバルとの出会い そして別れ」で不思議な事実を知った。現生人類(ホモ・サピエンス)の最強のライバルとはネアンデルタール人。十数名の血縁集団で生活したネアンデルタール人に対して数百名の「社会」を作ることができたホモ・サピエンス、その集団の規模が生き残りを決めたというが、それは両者の言語能力の差に他なるまい。

 不思議な事実とは、現代人の中にそのネアンデルタール人の遺伝子が見つかったというのだ。ナビゲーターの高橋一生、彼の遺伝子のネアンデルタール人比率は2.3%~2.4%。胴長短足の筆者の比率はもう少しだけ高いかも知れない。

 ここからは筆者の想像。数万年前に小集団でアフリカを出たホモ・サピエンスがネアンデルタール人と交配し、その後も旅を続けて世界に拡散したのは、その遺伝子に導かれたためではなかったか?新しい土地を見てみたい、新しい出会いを求めたい、そして新しい詩を作りたい。時に心を鷲掴みにされる意味不明の衝動はこの遺伝子に由来するものではないだろうか? 俳句を作りたい!と思うこともまた。

    血が(たぎ)る朱夏のネアンデルタール人    柳川  晋

(以上)

◆「朱夏のネアンデルタール人」:柳川晋(やながわ・しん)◆

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2018年

タイトル 作 者
7月 一人がため 曾根 毅
6月 兜太氏と秩父の思い出 桂 凜火
5月 選のチューニング 小池 康生
4月 高野素十のコントラスト視点 橋本小たか
3月 式年開帳 蔵田ひろし
2月 わたしの俳句観 平田 繭子
1月 炉話のこと 宇多喜代子

◆2017年

タイトル 作 者
12月 私が『鳥取の俳人 尾﨑坡酔』を出したわけ 小山 貴子
11月 俳句と私 桑田 和子
10月 句集のすすめ 外山 安龍
9月 松茸 西原 和孝
8月 大いなる未完の人 藤川 游子
7月 近頃、俳句に思うこと 米岡 隆文
6月 悪筆三銃士 藤本  晉
5月 「丹波百谷」俳句の今昔 大谷 茂樹
4月 おいしいアニミズム 三好つや子
3月 小海線のおにぎり 大城戸ハルミ
2月 はじめて通る道 谷川すみれ
1月 旅をする蝶 吉田 成子

◆2016年

タイトル 作 者
12月 命綱の結び方 花谷  清
11月 初学のこと 丸山 景子
10月 チョコを食べるのをやめてしまった 久留島 元
9月 灸花 志村 宣子
8月 野風呂岬を訪ねて 鈴鹿 呂仁
7月 弘前城の曳屋工事と甥の結婚式 綿貫 伸子
6月 技能・芸能の霊性と歴史性 熊川 暁子
5月 芭蕉終焉の地 森  一心
4月 近江富士 村井 隆行
3月 イチローと多作多捨 木村オサム
2月 田圃のことなど 久保 純夫
1月 手間暇ということ 宇多喜代子

◆2015年

タイトル 作 者
12月 堺大仙公園の日本庭園平成曲水の宴 谷下 一玄
11月 難病と闘いながら 政野すず子
10月 島の眺め 田宮 尚樹
9月 神戸北野坂界隈とジャズ 西川 吉弘
8月 豊かな時間 西谷 剛周
7月 戦後70年に思うこと
―飾らず、逞しく生きたい―
藤井冨美子
6月 住み心地のよい雑居ビル 辻本 冷湖
5月 生存証明 出口 善子
4月 集中治療室 小泉八重子
3月 それそれ神 辻本 孝子
2月 十年日記 森田 智子
1月 十二月のスーパーマーケットで 宇多喜代子

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年