関西現代俳句協会

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11月12日
法隆寺周辺吟行記録を掲載しました。
11月2日
会員の著作に、後藤淑子さんの『波の戯れ』と松島圭伍さんの『七草』を掲載しました。
11月1日
青年部のページを更新しました。

2019年11月のエッセイ

いまを生きる

山﨑 篤

 令和元年10月1日、初句集『いまを生きる』を刊行しました。当結社幻俳句会(主宰 西谷剛周)では句集シリーズとして平成29年に『人間賛歌』西谷剛周著、平成30年に『あれも詩これも詩』村上和巳・春美著を刊行し、私の句集がシリーズ3となります。

 「幻」の活動状況については、「現代俳句」9月号45頁に剛周氏が詳しく紹介されていますが、40人程度の小結社にして定例句会ではいつも40人弱の参加があります。といいますのは、剛周氏はとても社交的で宇多喜代子、坪内稔典、久保純夫先生とも親交があり、積極的に他結社と合同句会をするなど絶えず門戸を開き新しい風を入れるようにされているからでしょう。定例句会では辛口の意見が飛び交いますが、句会後のちょっと一杯が楽しみで剛周氏の人間性に惹かれているのではないでしょうか。幻会員には多趣味、特技を持つ人が多くおられ、総力戦でのスクラムは他の結社に負けないと自負しています。

 奈良県では俳人協会が大多数を占めていますが、「運河」の茨木和生先生が奈良県俳句協会の会長を、剛周氏が事務局長を務めておられ両者の関係はすこぶる良好です。なぜこのような話を持ち出したのかといいますと、お二人は私にとって俳句の大恩人であります。

 そもそも私が俳句を志したのは、斑鳩町役場に採用となり2年後の人事異動で剛周氏と同じ課に配属となり当時剛周氏は広報「いかるが」を担当されていました。広報の斑鳩歌壇・俳壇の応募者が少なかったからかどうかはわかりませんが、俳壇へ投句するようにと勧められました。最初のうちは俳句なんて全くわからなかったのですが、思いつくまま五・七・五に季語を入れただけの俳句を投句しました。結果はご承知のとおりでかなり添削されて活字となっていました。

 そうこうするうちに、斑鳩には「斑鳩吟社」という俳句グループがあるので、参加してみないかと誘われ入会。そこでカルチャーショック。俳句は文語、旧仮名遣いで作るのだと教えられ、毎回数多くの添削をしていただいた記憶があります。したがって、私の俳句の基礎は文語旧仮名遣いで始まりました。一方、剛周氏は現代仮名遣いで通していましたので、これについても魅力を感じていました。それから一年ほど経ち、俳句結社「幻」に入るよう勧められ入会はするものの、鳴かず飛ばずの日々が過ぎていきました。

 もう少し「斑鳩吟社」について触れておきます。入会当時は安田泰象氏が代表をされており、剛周氏は、職場の上司である教育長の安田泰象氏の人柄に憧れ、一生付き合っていきたいとの思いから俳句を始められたと聞きます。剛周氏は若いながらも斑鳩吟社の事務局を任されていて、「幻」主宰田仲了司氏も指導に来られていました。斑鳩吟社の代表が安田泰象氏から林周作氏に交代されてからは「運河」主宰の茨木和生先生が指導者として来られるようになり、私の俳句は「幻」にいて「運河」にどっぷりと浸かっていくのであります。

 そのうちに句会で次の句を了司師に褒めてもらい、俳人としてのスイッチが入ったようです。

    木の実降る神の涙かもしれぬ       篤

 句集『いまを生きる』は定年退職を一つの節目としてまとめたものであり、編纂にあたり一句一句を読み返すたびにその時々の思い出が蘇ってきます。生き物だけでなく、風や水の動きにも命が感じられることから、万物すべての『命』をテーマとして一日一日を大切に生きていきたいとの思いから、句集名を付けたものです。そして、今に思えば私の俳句は初学の頃の<木の実降る神の涙かもしれぬ>が原点なのかもしれません。

 現在、俳句界は大きく分けて現代俳句協会、俳人協会、伝統俳句協会に分かれていますが、斑鳩吟社は超結社の団体です。聖徳太子の言葉に「和を以て貴しと為す」がありますが、大正5年から欠かすことなく法隆寺子規忌を主催し今年で104回目の子規忌を開催することができたのは誇りでもあります。この法隆寺子規忌を日本人のこころのよりどころとして、この灯りを次の世代へと引き継いでいきたいと考えています。

(以上)

◆「いまを生きる」:山﨑 篤(やまざき・あつし)◆

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2019年

タイトル 作 者
10月 雅号の薦め 吉田星子
9月 「変容」について 金山桜子
8月 鯰と鼬 髙木泰夫
7月 レオン 横田明美
6月 茨木市、一つの俳句史 藤井なお子
5月 俳句に気を許す 塩見恵介
4月 あるコンサートで思ったこと 吉田成子
3月 初学のころ 久保純夫
2月 便船塚 おおさわ
ほてる
1月 観光公害 宇多喜代子

◆2018年

タイトル 作 者
12月 新とか旧とか 小林かんな
11月 三種の神器 出口 善子
10月 「卒業」の話 野住 朋可
9月 ヒロシマの首飾り 花谷  清
8月 朱夏のネアンデルタール人 柳川  晋
7月 一人がため 曾根  毅
6月 兜太氏と秩父の思い出 桂  凜火
5月 選のチューニング 小池 康生
4月 高野素十のコントラスト視点 橋本小たか
3月 式年開帳 蔵田ひろし
2月 わたしの俳句観 平田 繭子
1月 炉話のこと 宇多喜代子

◆2017年

タイトル 作 者
12月 私が『鳥取の俳人 尾﨑坡酔』を出したわけ 小山 貴子
11月 俳句と私 桑田 和子
10月 句集のすすめ 外山 安龍
9月 松茸 西原 和孝
8月 大いなる未完の人 藤川 游子
7月 近頃、俳句に思うこと 米岡 隆文
6月 悪筆三銃士 藤本  晉
5月 「丹波百谷」俳句の今昔 大谷 茂樹
4月 おいしいアニミズム 三好つや子
3月 小海線のおにぎり 大城戸ハルミ
2月 はじめて通る道 谷川すみれ
1月 旅をする蝶 吉田 成子

◆2016年

タイトル 作 者
12月 命綱の結び方 花谷  清
11月 初学のこと 丸山 景子
10月 チョコを食べるのをやめてしまった 久留島 元
9月 灸花 志村 宣子
8月 野風呂岬を訪ねて 鈴鹿 呂仁
7月 弘前城の曳屋工事と甥の結婚式 綿貫 伸子
6月 技能・芸能の霊性と歴史性 熊川 暁子
5月 芭蕉終焉の地 森  一心
4月 近江富士 村井 隆行
3月 イチローと多作多捨 木村オサム
2月 田圃のことなど 久保 純夫
1月 手間暇ということ 宇多喜代子

◆2015年

タイトル 作 者
12月 堺大仙公園の日本庭園平成曲水の宴 谷下 一玄
11月 難病と闘いながら 政野すず子
10月 島の眺め 田宮 尚樹
9月 神戸北野坂界隈とジャズ 西川 吉弘
8月 豊かな時間 西谷 剛周
7月 戦後70年に思うこと
―飾らず、逞しく生きたい―
藤井冨美子
6月 住み心地のよい雑居ビル 辻本 冷湖
5月 生存証明 出口 善子
4月 集中治療室 小泉八重子
3月 それそれ神 辻本 孝子
2月 十年日記 森田 智子
1月 十二月のスーパーマーケットで 宇多喜代子

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年