関西現代俳句協会

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3月1日
青年部のページを更新しました。
3月1日
今月のエッセイに、大城戸ハルミさんの「小海線のおにぎり 」を掲載しました。
2月10日
イベント案内に2017年度総会/高野ムツオ氏講演会のご案内を掲載しました。

2017年3月のエッセイ

小海線のおにぎり

大城戸ハルミ

 小海線―山梨県の小淵沢と信州の小諸をつなぐ高原鉄道。八ヶ岳や清里、佐久平、千曲川など車窓には美しい風景が広がる。学生時代のある日、その小海線に一人で乗っていた。旅の目的は思い出せない。

 昼どき、ぱっとしない風体の中年男が「誰か弁当を交換しませんか」と車内を回りだした。未知の人との出会いは旅の醍醐味だが、それは唐突な申し出であった。友好のしるしに飴をくれる「大阪のおばちゃん」の陽気さとも違う。素朴で切実な何かが、ぬっと差し出されていた。現代なら、怪しんで車掌を呼ぶ人がいるかも知れない。

 何人かに断られ、男はついにこちらへ来た。私は身動きできぬまま、どうしてか「はい」と答えた。人を見かけで判断してはいけないと善人ぶっていたか、邪険にする勇気がなかったか。たぶんその両方だったのだろう。

 男の弁当は握り飯だった。私も出掛けに急いで作った、大ぶりのおかかのおにぎり、それをアルミ箔に包んでいた。交換してほおばると、「ああ、おふくろの味がする」と男はつぶやいた。

 別れ際に、男はカバーのない丸まった文庫本を無造作にとり出し、私にくれた。田辺聖子著『文車日記』。そのときまで田辺聖子を知らなかった。源氏物語など古典への入門書やエッセイ、小説など豊かな作品世界に触れるきっかけとなった。

 

 後年、伊丹の柿衞文庫で田辺聖子展が開催された。おびただしい数のカラフルな単行本、講義の録音テープ、書斎を彩る文具や小物などが、生き生きと展示されていた。中でも釘付けになったのは、箱いっぱいのちびた鉛筆である。これ以上削れないところまで使いきった2センチほどの鉛筆の山。ガラスケースに額を付けたまま、しばらく離れられなかった。

 これがこの作家の仕事の証なのだった。ワープロやパソコンが普及するまでは、簡単にコピーペーストや削除はできなかった。一字ずつ刻むように原稿用紙のマス目を埋め、作品を生み出していったのだ。どれほどの時間が費やされたのか、その質量に圧倒された。

 以来、使い切った鉛筆を小さな箱に貯めることにした。ふだんはパソコン中心なので、数はそう増えない。それでも、鉛筆ホルダーに短いのを挿していると、自分が始末のいい、けなげな人間になったような気がしてくる。俳句を推敲するときは、裏紙に4Bで書きなぐる。なにしろ鉛筆がちびるのがうれしいのだ。俳句が上達するかどうかとは、また別のことである。

 若い日、列車で行き合った名も知らぬ男のふるまいが、私のささやかな習慣をつくっている。

(以上)

◆「小海線のおにぎり」:大城戸ハルミ(おおきど・はるみ)◆

 

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2017年

タイトル 作 者
2月 はじめて通る道 谷川すみれ
1月 旅をする蝶 吉田 成子

◆2016年

タイトル 作 者
12月 命綱の結び方 花谷  清
11月 初学のこと 丸山 景子
10月 チョコを食べるのをやめてしまった 久留島 元
9月 灸花 志村 宣子
8月 野風呂岬を訪ねて 鈴鹿 呂仁
7月 弘前城の曳屋工事と甥の結婚式 綿貫 伸子
6月 技能・芸能の霊性と歴史性 熊川 暁子
5月 芭蕉終焉の地 森  一心
4月 近江富士 村井 隆行
3月 イチローと多作多捨 木村オサム
2月 田圃のことなど 久保 純夫
1月 手間暇ということ 宇多喜代子

◆2015年

タイトル 作 者
12月 堺大仙公園の日本庭園平成曲水の宴 谷下 一玄
11月 難病と闘いながら 政野すず子
10月 島の眺め 田宮 尚樹
9月 神戸北野坂界隈とジャズ 西川 吉弘
8月 豊かな時間 西谷 剛周
7月 戦後70年に思うこと
―飾らず、逞しく生きたい―
藤井冨美子
6月 住み心地のよい雑居ビル 辻本 冷湖
5月 生存証明 出口 善子
4月 集中治療室 小泉八重子
3月 それそれ神 辻本 孝子
2月 十年日記 森田 智子
1月 十二月のスーパーマーケットで 宇多喜代子

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

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2006年

2005年