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2025年11月のエッセイ

天狗問答

久留島 元

    

 2023年11月に『天狗説話考』(白澤社)という小著をまとめ、出版させてもらった。

 天狗に関する話を古代から近代まで概観し、歴史や信仰の移り変わりを追った本である。(ご関心ある方は手に取ってください)

 それに関連して、塩見恵介先生から『俳諧天狗問答』という作品の存在を教えていただいた。
 さっそく調べてみたので、以下ご紹介する。

 『俳諧天狗問答』は、江戸時代半ば、安永2年(1773)に雪中庵こと大島蓼太の原稿を、雪梧亭鳳足がまとめたもの。
 「物語的趣向の作品」(俳文学大辞典)とされるように、発端部が小説風になっている。
 『校註俳文学大系作法篇』一(大鳳閣書房)の翻刻をもとに内容を紹介してみよう。

 隅田川のほとりに住む宇達という俳諧宗匠、月夜のもと仲間に発句を講釈をしていたところ、ふいに現れた山伏が宇達をさらい、空へと舞い上がった。

 山伏の正体は京の喜撰が岳に棲む天狗、その名も「六尺坊」、これは駿州秋葉の天狗三尺坊と六尺棒を掛けた名前だろうが、とにかく六尺坊が言うには、どの道であれ高慢な者は天狗の仲間入りをさせる、宇達も俳諧の道で慢心するほどならば主人の前に連れて行くと言う。
 羽を広げた六尺坊は宇達を連れ回し、あっという間に富士山の頂へ、さらに宙へ上がって金星、辰星を過ぎ月面に着陸(月と金星の距離感がおかしいのはご愛敬)、所々で一句詠めと強要する。
 宇達も命懸けで

    われに又まれなる夜なり銀河(あまのがは)

    月と日を常磐の菊の山路哉

などをひねり出す(命懸け感はまったくない)。

 六尺坊、でかしたと満足げに笑い、宇達を連れて京の都へ。
 能『鞍馬天狗』で知られる天狗界の首魁、僧正坊を筆頭に大天狗たちが居並ぶ前へ引き出された。
 僧正坊がいうには、かつて人間界では山崎宗鑑として俳諧に遊んだこともあるが、近ごろの句は

    棚の薬缶は天狗獄門(棚のヤカンは天狗の獄門さらし首)

    をの〳〵鼻の高きともがら(それぞれ鼻が高い)

など、五七五の俳諧を女子供の遊びものにし天狗俳諧などとそしるので天狗たちは怒っている、だから宇達をとらえ実力を確かめることにした、というのである。

 江戸時代の天狗に文句を言っても仕方ないが、この部分は今なら大問題だろう。
 むしろ宗鑑の時代のほうが、お酒を飲んだオヤジたちの下ネタ合戦だったんじゃないか(『犬筑波集』参照)、「女童のあそびもの」になって、大勢が句座を楽しむようになったからこそ俳句は磨かれたのではないですか、と言いたくなる。

 さてこのあと、僧正坊の前句

    碁を打くらす杉の山里

に対して宇達、六尺坊が五七五の句を付けあう競吟百韻が行われるも僅差で敗れ、宇達はこれまでの慢心を泣いて謝る。
 それからさらに付句百韻、歌仙一巻があって夢が覚め、下巻には鳳足・蓼太の両吟歌仙一巻、雪門の四季別発句集を収める。

 天狗文芸史から見れば、天狗が人をさらう話は諏訪明神の縁起をはじめ昔話にもよく出るパターンであり、天狗と人が問答する趣向も能『車僧』などでおなじみである。
 そういうおなじみの天狗話の枠組みを使ったところが面白みなのだろうが、それよりも本書には変なオマケがついてくる。

 まず同名の別本があること。谷素外に『俳諧天狗話』の一書があり、この本も『天狗問答』という名で流通していることがあるらしい。

 さらに、同じ宇達が天狗にさらわれ俳諧を作らされるという二番煎じの戯文『天狗問答の戯』がまた別に存在し、これが一茶の作だと信じられていた。

 明治時代に一茶研究をリードした束松露香は、この戯文のなかで

    三日月の頃より待ちし今宵哉

が宇達の作という設定になっているのは一茶の自作だからだ、と断定している。

 その後も真偽の議論はあったようだが、現在では「三日月の」句は加賀千代女の句といわれているし、戯文そのものも別人の作とされている。

 親しみやすい作風のせいか、ある時代までなじみのある句や文を簡単に「一茶作」と判断してきた傾向があるらしく、これはこれで文学的価値とは全然違う、天狗に化かされたような話である。こういう面白さも近世俳諧にふれる楽しみかと思う。

(以上)

◆「天狗問答」:久留島元(くるしま・はじめ)◆

  

■今月のエッセイ・バックナンバー

◆2025年

タイトル 作 者
10月 推しがいない 岡田由季
9月 涼やかに 辻井こうめ
8月 頑張ります 塩見恵介
7月 久保純夫の代表句 森谷一成
6月 何のための草刈り? 岡田耕治
4月 お菓子 小枝恵美子
3月 邦題のつけ方、季語の選び方 衛藤夏子
2月 ターニングポイント 岡 温子
1月 さまざまな私へ 久保純夫

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